305備忘録

異人たちの305備忘録のネタバレレビュー・内容・結末

異人たち(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

山田太一作の原作「異人たちの夏」は5年ほど前に読了。

主人公の抱く痛い程の寂寥感や、両親との突然の別れによって向き合うことができずに冷凍保存していた感情たちと「異人たち」との交流を通して丁寧に向き合い、解されていく様はとても響くものがあった。

おじさんの姿になっても当たり前のように我が子を慈しみ、はじめはうまく受け入れられなかった部分をも葛藤を乗り越え受容し、今日まで生き延びたことを讃える両親の演技もとても良い。

個人的に気になったのは、主人公のアイデンティティの変更うんぬんより、主人公の現実の物事との関わりが全く描かれていなかったこと。原作では現実パートでの人や仕事などとの関わりも丁寧に描かれているため、より「異人」の異質感、主人公がこちらとあちらを行き来する様子や次第に境界があやふやになっていく危うさがが際立って感じられたのだが、今作では現実での主人公の外界との関わりが全くと言って良いほど描かれない。

ゲイであるという監督自らのパーソナリティを反映した今作においてはそれも必要な演出だったのかもしれないが、それによって後半の展開が少々唐突で不自然に感じられてしまったかな、というような気がする。

しかし、ハリーの存在を含めて、かつて自分の中の様々な不安や恐怖からうまく向かい合うことができずに蔑ろにしてしまったものと真正面から向き合い直すことにはとても勇気がいる。無意識のうちに切り捨ててしまって、防衛本能から見ないようにしまってあるものが人それぞれにたくさんあると思う。そういったものに対して逃げずに向き合い続ける様子を描いた、とても丁寧な映画だな、と思った。