垂直落下式サミング

異人たちの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
3.7
ゴジラの次に観るはずだった『キラーナマケモノ』と上映時間がかぶっており、シアター間違えて入場。スクリーンには、明らかにB級の色合いじゃない陰影の際立ったロンドンが映し出されているのに、ボンヤリしているもんですから20分くらい気づかなかったので、そのまま最後まで鑑賞。
一応、上映終了後に映画館のスタッフさんに作品間違えちゃいましたって白状しましたが、特におとがめなしで安堵。後日、キラーナマケモノもみたのだけど、まあ、お察しのおふざけホラーだったから、人間万事塞翁が馬ってなわけで、このままだったら自発的にみない可能性のあったアンドリュー・ヘイ作品に出会えてよかったっすわ。
原作小説も大林監督版の映画も未見なので、ストーリーの本筋を知らない僕にとっては、最初から30代後半から40代くらいのオッサンが、自分とそんなに年齢離れてない風の夫婦のことをパパママと呼んでいて、なんか気持ち悪かったのだけど、なるほど、そういうことだったのか。
ゴーストストーリー?もしくは、過去と接続してしまった男の物語というか、なんにしてもちょっとSFな匂いを漂わせる。
映画には、「ガラス」や「鏡」というモチーフが印象的にでてくる。世界と自分を隔てる透明な遮蔽物。自分を写すものでもある。主人公の暮らすマンションのエレベーターは中が四方鏡張りで、複数の像がドロステ効果を生む。
ビルと空しか見えない高層マンションの窓から、ふと下を見下ろすことで、自分とおなじ孤独を抱えた存在と引き合っていく。ふたりしか住んでいないマンションは、この世とあの世の彼岸を象徴しているかのよう。
主人公は、実家へ向かう電車に乗るとき、決まって窓側の席に座る。車窓は、外を見つめる彼の横顔をぼんやりと写して、その向こう側に景色を流していく。行きは順行、帰りは逆行、ほんとうのタイムマシンみたい。
主人公の性自認がクィアーなのは、大胆な脚色であるのだろうけど、LGBTQのカムアウトについて描かれた作品のなかでも、両親とのやり取りがかなりリアルというか、今の時代らしい真に迫るものがあった。
理解よりも心配が先にたって、息子を質問責めにしちゃうお母さんの気持ちもわかるし、お父さんはタバコを吸いながら足を組んで昔からヤワだったとか軽口を叩きつつ、薄々気づいていたのに助けてやれなくてすまなかったと言い出すもんだから、男同士の懺悔合戦になってしまう。
両親へのカミングアウトは、罵倒されたり泣き崩れたりってのをよく聞くけれど、この親子は柔軟な姿勢だったから、みていて嫌な気分にならない。いい距離感だ。
レイトショーの同じ列の2~3個となりの席に、ゲイカップルみたいな人がいた。僕には、宣伝効果が波及してなかったけれど、当事者たちにしっかり届いてんのかも。素敵な作品でした。