このレビューはネタバレを含みます
童話みたいなお話しだった。昔話か、物語か。ブータン王政がずっと行われている中で、初めて民主的な選挙によって、王様を?政党を決める選挙を行うことが決まった。そこで、まずは選挙とは何かを国民に理解してもらうために、模擬の選挙が行われることに。そのニュースを聞いたお坊さん、高僧は弟子に鉄砲をできれば2丁手に入れてきなさいとお願いをする。それを受けて、お坊さんは鉄砲を求めて近くの家々を巡っていく。それと同時に、武器の密輸業者、コレクターが、ある銃を求めてブータンの町を探索する。それぞれが同じ銃を見つけて、求め合うのだけれど、持ち主は、コレクターが提示した金額を高すぎると言って下げてもらい、交渉が成立したその直後には、お坊さんからの申し出に対して、銃を供物として差し上げる。商習慣が存在しない社会として、重要なことは商業の取引ではなく、宗教的な儀式であることをよく示している。この銃の話と並行して、ブータンの山村では、模擬選挙の投票者登録であったり、選挙とは何かの教育が行われる。選挙とはお互いの陣営との戦いであり憎しみあいであるという教育が施されたり、選挙権は世界中の人が命懸けで手に入れたものだから大切なものだと伝えたり。そのどれもがブータンの人たちにとってはピンとこないものである。そんなことがありながら、模擬選挙当日。無事に90%以上の人が投票所に現れて、上場の成果と思っていたら、投票結果は、黄色が圧倒的(自由の青、成長の赤、伝統の黄色という3色の政党による模擬選挙だった)となり、その理由は、黄色は国王の色だからという理由だった。模擬選挙が失敗してしまいながら、その横では、高僧による宗教儀式が行われた。そこでは、憎しみと争いと苦難を乗り越えるために、銃を供物として捧げてその上に塔を立てるという儀式が行われた。その儀式の中で銃は争いの憎しみの象徴として捧げられ、その周りで歌と踊りが行われる。
私たちはこれまでも幸せだった。選挙権に命をかけていないのは、それが命をかけるほど必要ではなかったからでは?
この言葉がずっと心に残っている。私たちは、王政よりも政党政治が良いと思っている。自分たちが選べるものの方が良いと思っている。でも、それは本当にそうなのだろうか。何よりも、幸せだったと、選挙さえなければ幸せだったと言い切れるあの女性のように、私たちは今幸せだと言い切れるのだろうか。本当に、民主化が自分たちを幸せにしたのか。このシステムは社会の基本設計として受け入れ続けるべきものなのか。とても考えさせられた。