ビンさん

虹のかけらのビンさんのレビュー・感想・評価

虹のかけら(2023年製作の映画)
3.8
『虹のかけら』

シアターセブンにて鑑賞。

4月にシアターセブンで鑑賞した『家族の肖像』にも出演されていた篠崎雅美さんと、波佐本麻里さんのW主演による、認知症の母とその娘の物語。

監督は本作長編デビューとなる、坂厚人氏。

厳格だった母(波佐本麻里)が認知症を発症し、家から離れて暮らしていた芽衣(篠崎雅美)はやむなく家に戻り、母の面倒をみている。
父は6年前に亡くなり、母の認知症はそれがきっかけだったようだ。
それまでの仕事を辞めて、現在の収入を得るため、芽衣は風俗の仕事をしている。
そんな中でも、気にかかるのは母のこと。徘徊もするようになってきたため、芽衣はある決断をする。

僕の身内には、いわゆる認知症の者はおらず、現在病院で治療を受けている叔母(戸籍上は祖母。既に両親は他界しているので、弟以外では最も近い肉親である)は、94歳と高齢だが、幸いにも認知症は発症していない。

故に肉親に認知症の方がいる家庭の状況というのは、本作のような映画やTVのドキュメンタリーくらいしか知る術がない。

今年、同じテーマを扱った作品で『光復』という作品があった。
あの作品も認知症を患う母と暮らす娘の物語だったが、不幸のドミノ倒しの如き内容で最後はいささかテーマがブレている感もなくはないが強烈な映画だった。

本作は『光復』ほど凄惨な内容ではないが、それでも芽衣の置かれた立場は、一筋縄ではない。
かつては婚約者と思しき相手もいたが、母と暮らすことですべてを捨ててしまっている。
さらに生活費を稼ぐためにデリヘルの仕事をしており、その中では身の危険にさらされることもなくはない。

また、そういう生活から脱却しようとして、母への殺意を抱いてしまうのも、現実ではあってはならないことだが、納得できるシーンも描かれる。

物語は芽衣と母のそんな日常を描きつつ、芽衣がそれまでの意識を変えていくことで、彼女の周囲の人物までもが、人生を変えていく、実に前向きな内容であることに救われた思いだ。
ドメスティックな問題を扱いつつも、鑑賞後の気分は爽やかな空気感に包まれた。

芽衣を客先へ送り迎えするドライバー峯田(モリオ)、芽衣のお得意客である田中(谷口勝彦)も、それぞれにドメスティックな事情を抱えているが、図らずも芽衣が前向きに進むことに感化(特に芽衣が彼らに働きかけているわけじゃないのに)されたかのように前向きになる物語構成が、とても好感持てた。
これぞ人と人とのつながりであって、社会の縮図の一つを見せてもらった気分だ。

では、肝心の芽衣と母にはどういう結末が用意されているかについては、是非本編を観て確認いただきたい。
ここは認知症ではなかったが、今は亡き僕の母のことを思い出して、思わず目頭が熱くなった。

本作の撮影は5年前とのこと。
監督にコロナが影響したのか尋ねたが、それも一因だが諸々の事情が重なって5年経ったとのこと。
それでもかような力を持った作品がよくぞ、眠ったままにならなくてよかった。

また、劇中に印象的に何度も登場するのが、淀川河川敷。
シアターセブンから歩いてすぐの場所だが、劇中では実に効果的な使われ方をしていて嬉しい。

また、本作の劇伴を担当された櫻井智子さんのスコア(劇伴)が絶品。
時折チェンバロと思しき音色も流れていたが、無理に盛り上げるではなく、本編に寄り添った、芽衣と母の心情を掬い取るかの如き響きが素晴らしかった。

初日の舞台挨拶では、坂監督、篠崎雅美さん、波佐本麻里さん、谷口勝彦さん、芽衣のデリヘル仲間で本作の衣装を担当したタユさん、芽衣の亡き父役の渡辺篤人さん、そして本作のキーマンと言っていいだろう役柄好演された倉増哲州さんが登壇。
賑やかな舞台挨拶となった。
ビンさん

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