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Unrest(英題)のakrutmのレビュー・感想・評価

Unrest(英題)(2022年製作の映画)
3.9
スイス西部のジュラ山脈にある時計工業で働く19世紀後半の労働者たちを、当時の労働運動やアナキズム(無政府主義)の文脈で描く出す、シリル・ショーブリン監督による歴史ドラマ映画。シリル・ショーブリン監督にとって長編2作目となる本作によって、第72回(2022年)ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門の最優秀監督賞を受賞している。

時計産業と言えばスイスをすぐに思い浮かべるが、そのスイスが世界一の時計王国となるのは、本作で描かれている19世紀後半のこと。そのまさに中心地が、本作の舞台となるジュラ地方。シリル・ショーブリン監督の先祖もジュラの時計職人だったとか。時計を組み立てる過程が映像にも多く出てくるが、特に主人公の時計職人の女性ジョセフィーヌが扱っているのが、タイトルにもなっている unrest wheel(日本語ではテンプと言うらしい)と呼ばれる歯車。この歯車が組立てられ、精巧な機械式時計が正確に時を刻んでいく様子は美しく、荘厳でもある。

しかし同時に、経営側から秒刻みで作業時間の短縮を求められたり(労働者のおかげで正確に時間を計測できるようになったことが、労働者自身の首を絞めるという皮肉!)、低賃金で税金を納められないために逮捕されたりと、労働者たちの厳しい労働環境も描かれていて、それに対して世界的に広がっている労働運動が本作の中心テーマとなる。そして、そのような状況でこの地を訪れるのが、ロシアの地図製作者であるピョートル・クロポトキンという、アナキズム(無政府主義)の発展に寄与した人物である。彼が実際にスイスを訪れたのが1872年であることから、本映画の時代も1872年であることがわかる。映画の冒頭では、彼の以下の言葉によって、ジュラ山脈で時計職人たちと過ごした時間が彼をアナキストにしたことが明示されている。

The independence of thought and expression which I found amongst the workers in the Swiss Jura Mountains appealed for more strongly to my feelings; and after staying a few weeks with the watchmakers, my views upon socialism were settled: I was an anarchist.

このようにかなり社会派な作品にも関わらず、基本的にストーリー性を排除した構成がとても斬新で、他の作品とは一線を画している。ストーリーは背後に押しやられて、それをなぞることさえしない。ストーリーの断片をシーンとして取り出し、ストーリー性を排除するかのように、登場人物たちにフォーカスすることなく超ロングショットを多用して映し出している。そもそも登場人物たちは画面の脇に追いやられたままのことも多く、それを自然に見せるための装置として当時の大掛かりな写真撮影が用いられているなど、とても不思議な映像である。(有名なアナーキストの写真を、アイドルのブロマイドであるかのように扱う姿も面白い。)よって、大まかな史実を知らない人にとっては、よくわからないまま終わってしまうかもしれない。さらに、テーマの内容と相反するかのような、やわらかな春の日差しの中でひなたぼっこを楽しむかのような暖かみのあるほんわりした映像も特徴的と言えるだろう。
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