ソビエト蓮舫

侍タイムスリッパーのソビエト蓮舫のレビュー・感想・評価

侍タイムスリッパー(2023年製作の映画)
4.5
上映前の予告編やポスターを見た時から、ただならぬ面白そうな雰囲気を醸し出していたが、
いかんせん、上映館が確か東京の池袋のみと、さくっと行けない地方都市民の泣きどころゆえ、サブスク化を待っていたら、
数ヶ月で我が街の映画館にやってきて、嬉しくなった記憶。

年に数えるほどしかない、エンドロール時のなんとも言えぬ余韻と、鳥肌立つあの感覚が両方くる映画だった。

ただ、ストーリー自体はそこまで飛び抜けた発明的なものはない。
設定はタイムスリップモノ。タイムスリップ映画は良作多しのセオリー通りで、もはや映画の王道設定とも言える。

タイムスリップ設定に時代劇を掛け合わすのも、ありがちと言えばありがち。
未来(現在)から過去に行くパターンが多いが、この作品は過去から未来(現在)に行くパターン。
これも、坂本龍馬や徳川家康など、偉人たちはタイムトラベラーの常連客と言ってもよい。

この作品は、幕末の、偉人ではない一般的な、幕府方の武士が現在にやってくるパターンで、
到着先が、時代劇の撮影所付近という所が話の肝。

しかも、元いた場所にはどうやら戻れなさそうな雰囲気で進む、片道切符のタイムスリップ。
生きていく為には働く必要がある。しかし、侍しかやった事がない人間ができる事には限りがある。
妙に日常感強めの世界観。劇的展開があるわけでもなく、
時代への適応力が試練。この縛り条件設定だけでかなり面白く、
元武士という立場よりも、「転職者」という、観客の身に覚えがありそうな経験や立場に変容する事で、
投影や共感がしやすい主人公を生み出した事が、この作品のウケるポイントになっている。

物語とは別の投影や共感として指摘したい点は、この映画は時代劇ではあるが、
それ以前に、時代劇を作る「映像制作者達の物語」であるという点。
日本アカデミー賞で最優秀作品賞を「ジャイアントキリング」的に受賞したが、
よくよく考えれば、日アカは投票権を持つ人の大半は業界関係者であり、制作スタッフ経験者なわけで、
自分達の業界を題材にした映画なのだから、そりゃ投票しやすいし、投影共感しやすいわなと、
冷静に考えれば考えるほど、妥当な最優秀だったわけだ。

物語の本筋に戻すと、もう1つ注目したいポイントがあり、
それは主人公のアイデンティティ。

時代に適応し、順応し、自分の想像を超える未来の日本の変わりようを、好意的に肯定的に受け止め消化する一方で、
どうしても譲れない佐幕派としての思想や、郷土や家族への愛、背負ってきた想いというのを、
変えられないアイデンティティが、主人公にはあった。
このディテールの持っていき方が、とても丁寧で、コメディからシリアスへと繋ぐ大事な縦軸になっていて、
上手く出来てて、いい映画だなと思った瞬間でもあった。

いわゆる、「武士の一分」ってものがあり、それに一区切りつけるために、
ラストの、あの緊張感溢れる名シーンに繋がっていく。
愛着を持ちつつ、固唾をのんで見守ったし、あの緊張感こそが時代劇の醍醐味で最大の見せ場。
スクリーンだけではなく、観客席をも、時代劇への愛情に包まれる幸せなひととき、といったところだろう。

設定の良さだけでなく、ディテールの築き方や持っていき方も上手く、
大胆で発明的な面こそ無いけれど、緊張と緩和が上手くハメこまれていて、
終わった時には、もっと長く観ていたかったなあと思うような寂しさもあった。
老若男女に伝わる映画だった。

良かった演者
山口馬木也
ソビエト蓮舫

ソビエト蓮舫