ハシゴダカ

ぼくが生きてる、ふたつの世界のハシゴダカのレビュー・感想・評価

4.4
恥ずかしながら、呉美保監督作は1本も観たことがなく、『そこのみにて光輝く』も『きみはいい子』も早く観たいと思いながら 、なかなか着手せずに今に至り、ここに来て9年ぶりの復帰作として本作公開ということで、はじめての呉美保作品。

とても良かった!
予告編を見る限り、ウェットな母子もの・聴覚障害ものなのかと思っていたけど、実は意外とサラッとした手触りで(それでも泣かされたけども)、観客を信頼した映画的な省略やとても繊細な演出が炸裂し、素晴らしい役者達の演技も相まって、観ているずっと面白かった。
映画としての在り方も好ましく(主に終わり方)、かなり好きな作品になった。
今年の邦画もいいの多いなぁ…。

何が好きだったか。
2回観てようやく気付いたのは、主人公達の境遇を特別なものとして描かずに、誰もが経験するようなことのひとつとして描いているところ。殊更に、聴覚障害を悲劇的なものとして描いていない、ここに好感。

でもそれでも、耳が聴こえないことに対する怖さもちゃんと描いていて、とても誠実だなぁと。

例えば、交通量多い車道沿いの狭い歩道で、手話を交わしながら歩く父子。
車の走行音が意図的に大きく聴こえるように演出され、見ているこちらはちょっとヒヤヒヤしてしまうし、世界の危険さを感じさせる。
でもここで車道側を歩いているのは聴こえない父の方。
息子は聴こえるけど、自分は聴こえなくても息子を危険から守る父の無意識。
「東京に出れば、耳の聴こえない親の元に生まれたかわいそうな子と思われなくて済む」と言う息子に対し、「お前、かわいそうなのか?」と訊く父。
ここの一連のシーンはとても好き。

先に父の事に触れちゃったけど、メインは母子。
母親役の忍成亜希子の演技をはじめて観たけどすごく良かった。彼女のこのふわっとした明るさと強さが本作の大きな柱。
すごいのが、20代から50代を演じているけど、その説得力。序盤から数年間の若い母親時代がこの時代のアイドルみたいでホントかわいい。
というか、このお母さんはずっとかわいいのだけど(笑)。

で、この流れで言うと、主人公が小学生時代から既に吉沢亮感がある顔立ちの男の子が演じていて、ここから吉沢亮になるのが違和感ない。このキャスティングすごい(いや、赤ちゃん時代と幼児期も)。
そういえば、小学生時代から一気にひゅっと中学生時代に移る演出もうまいうえに嫌味がない。ひょっとしてこの監督、かなりの手練か…。

成長してからの吉沢亮も繊細な演技で素晴らしかった。
顔は良いのに、どこか垢抜けなくてぼーっとしている感じが妙にリアリティあって。目が死んでいるし(劇中でその事に自虐的に触れる一幕も)。

成人してから上京して一人暮らしパートが続くけど、ここで変に恋愛パートを入れたりしないのも良かったし、その間に母親の描写を入れないのもすごく考えられている。

というのも、主人公が病院に行った時での、久々に画面に登場する母親の少し老いた姿。ここが観客にも「あ、母さん老けたな…」と思わさせてくれるっていうこの感じ。うまい…。

あと、バイト先のパチンコ屋でのシーンも演出含めてかなり好き。こういうちょっとしたきっかけで人と人が触れ合い、ちょっとだけ嬉しい瞬間、自分にもあったなぁ、と思わせてくれる。

あと、祖父・でんでん&祖母・烏丸せつこの存在がピリッとしたアクセントにもなっていて。このでんでんとの軋轢展開みたいな話じゃなくて良かった。
というか、でんでんの遺影が最高。

面接のシーンもいい(落ちた方も採用になった方も)。
面接で「あ、この会社ないな」と主人公の投げやりスイッチが入った瞬間、からの「最高じゃん、今日から働ける?」と言われて採用、とか、誰もが経験していません?(してないか)

うーん、書き出すと止まらないのでこの辺で。

あ、余計なことをしないの好感。劇伴がかなり少ないことも◎。

今年ベストのひとつに入った。
ハシゴダカ

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