菊池厚基

トラペジウムの菊池厚基のネタバレレビュー・内容・結末

トラペジウム(2024年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

クローバーワークス制作、SNSでホラーだサイコだと話題になっていたので鑑賞。
結果、かなり楽しめました。

●ストーリーと序盤の展開
 
 SNSで既に知っていましたが、主人公が自己実現モンスターで、プロデュースを含めて周りを巻き込み成功するが、それが続くはずもなく崩壊する、というプロットは面白いですし、それをしっかりやりきっていたのは期待通りでした。
 序盤の仲間集めの展開は情報なしで見ると何をやってるか分からずとっつきづらさを感じるかもしれませんが、完全にネタバレを見た上で見たのでスッと入ってきました。
 主人公のゆうが完全に打算で近づき、顔のいい少女達の友達にななってアイドルに誘導していく・・・・・・というストーリーは常にいつ瓦解するか、という緊張感があります。彼女達が仲良くなっていく過程もかなり時間をかけて描いており、その過程で他三人は普通に友達付き合いを楽しんでるだけ、というズレも不穏でいい。その関係がいつどういうふうに崩壊するか、想像してゾクゾクしてきました。

 アイドルとしてフックアップされていく過程も、今の時代こういう流れもあるのか、と納得できるものでした。全体的に想像したよりもご都合主義とは感じず、自然な流れに感じました。
 一番ご都合主義を感じたのは3人とも出会う前の時点でゆうに落とされやすい状態になってることでしょうか。くるみは同じ趣味がある同姓の友達がおらず、蘭子はステータスでしか周りに見られておらず、サチなんかは小学生の出来事からゆうに落ちており自分から寄って来ました。
 3連続で詐欺に引っかかりやすい状態の美少女を引く豪運が一番嘘だろ、とは思います笑
 でも、馴れ初めやゆうへの好感度の高さをパパッと理由づけした上で、時間をかけて4人がただの友達として過ごした時間を描いていたことで、あの3人が早期にアイドルを離脱しない理由になっていたし、最後の和解の違和感を薄めていたように思えます。

●キャラクターについて

 この作品のキモはなんといっても東ゆうのキャラクターの特異性でしょう。彼女を許容できるか否かでこの作品を楽しめるか、ふるいにかけられると思います。
 共感性に欠けるし、アイドルになることが一番の幸せであると盲信して他人にそれを押し付けてきます。巷では「彼氏がいるなら友達になるんじゃなかった」とかのパンチのある言葉も相俟って主人公がサイコパス!と話題になっていましたが、個人的にはかなり好ましいキャラクターに思えました。
 そう思った一番の理由は、よくも悪くも周りを巻き込んでいく、溢れんばかりの夢に向かうバイタリティーでしょう。仲間集めも、ボランティアも、全て自分で考えて実際に行動しています。そこに余計な邪念が無く、ひたすら純粋だから見てる側も惹きつけられてしまう、という展開に説得力があります。
 印象的だったのが他のメンバーにSNSの人気で負けていることを自覚するシーン。ここで他のメンバーへの嫉妬が勝っても良さそうですが、ゆうはノートに「SNS強化!」とだけ書いてあくまで自分の課題として処理していきます。そのシーン一つで「性格が悪い」にしてもちょっと方向性が違うことに気づき、グッと来ました。
 他メンバーへの罵詈雑言も、あくまで「アイドルという最高の職業よりも他の事を優先するのが理解できない」という夢への純粋な熱意からきており、必要以上に彼女たちを攻撃する意図は無いように思えます。
 だからこそ、解散後もそこまで関係はこじれず、他メンバーとの交友を続けられたのだと思います。

 他のキャラクターで言うと、ほぼ唯一の男性キャラの真司は絶妙なキャラで好きでした。物語としては、ゆうの本心や計画を視聴者に説明する為の聞き手、という役割がメインですが、それにとどまらない美味しいキャラでした。
 ミソなのが真司も意識レベルで言うと、ゆうと同様の「夢追い人」という点でしょう。ゆうは真司の前では他メンバーに見せない自然な姿を見せ、真司から見たその姿がすごくパワフルで輝いています。真司の視点を借りた視聴者からしても、ゆうの魅力を引き立てるのに一役買っています。
 あと個人的には2人の空気感が好きでした。異性同士という感情は全く無く、お互い夢を追う「同志」として尊重するみたいな空気感で、あまりアニメでは見ない男女の関係ですごくグッと来ました。

 他のアイドルメンバー3人に関しては、主人公を際立たせるためにあくまで典型的なアニメキャラのように描いていました。
 でも決してキャラとして面白みがないわけでは無く、特に活動が忙しくなってきた時の皆の受け止め方にグラデーションがあるのが印象的でした。元々対人関係にストレスを感じやすいくるみは見る見る弱っていくし、美嘉はひたすら感情を殺して耐える。面白いのが蘭子で現在行っている活動に将来に繋がるモノを見つけようとする前向きさを見せます。
 現状の仕事を続けることに対して、くるみと蘭子が電車で話をするシーンがとても印象的で、2人のスタンスの違い、何かの岐路に立った時の選択の話に関しては、自分も考えさせられました。

●作画に関して

 正直作画に関しては並程度かなという印象でした。特に前半は目を引く構図や動きも無く、動画枚数は多くて劇場アニメっぽいですが、レベルの高い深夜アニメと比べても見劣りするレベルだと思いました。
 しかしメンバーが揃って活動が本格化してきてからグッと絵の力が上がってきます。シーンによって絵が違うということはマイナスだと思いますが、しっかり見せたいところに力を入れている、とも言えて好印象でした。
 特にくるみが暴れてからのエレベーター前での口論シーン。完全に絵も動きも「ばっち・ざ・ろっく」のけろりら絵になってて笑いました。髪のグラデーションまで違うじゃねえか!とニヤニヤしちゃいますね。

 特筆すると言えばライブシーンの見せ方はレベルが高かったと思います。手書きとアニメがカットを割らずに本当に自然に切り替わっていて驚きました。同じシーンの中で手描きとCGが同居している表現は最近増えてきましたが、同じ被写体がワンカットで切り替わるのは初めて見たような気がします。
 表情を見せたい時は細かくカットを割りつつも手書きで見せ、動きを見せたい時はCGのロングショットとエグいカメラワークで魅せてくる。
 手描きとCGの使い分けがめちゃくちゃ上手くて、圧倒させられました。

●総評
 
 全てに挫折して、自分は嫌なやつだと自分の罪を悔いるゆうに母親がかける「そういうとこだけじゃないよ」という言葉がこの作品の背骨になる言葉だと思います。
 普通のアイドルアニメが成功して人を笑顔にする一方、一定数の人を傷つけているのを描きません。しかし失敗ややらかしの裏では、もしかしたら人にいい影響を与えているかもしれない。そんなことを描いているこの作品はとても優しいな、と思います。
 オチがまたよいです。主人公が過去を振り返って、愛おしむ展開は、これまであった色々を青春の1ページとして昇華していて、非常に後味がいい。
 誰しも思春期なんて死にたくなるようなやらかしをするものだし、そこを重いひとつで駆け抜けたゆうはやはりかっこいいな、と思います。

 剥き出しの青春譚として、自分はかなりいい余韻と、エネルギーを貰えた作品でした。
菊池厚基

菊池厚基