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ジャン=リュック・ゴダール/遺言 奇妙な戦争のROYのレビュー・感想・評価

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2022年9月に死去したジャン=リュック・ゴダール監督が手掛けた最後の作品。

ゴダール自身による手書きの文字、写真や絵、音楽や映像、ナレーション。

ゴダールの集大成的作品である短編映画。

製作はフランスの世界的メゾン、サンローランが設立した映画制作会社・サンローランプロダクション。

「決して存在しない映画の予告編」アンソニー・ヴァカレロ

◼︎NOTE I
映画史上最高の監督のひとり、ジャン=リュック・ゴダールは2022年に91歳で亡くなった。世界中で報道されたように、彼が暮らしていたスイスでは合法的な、自殺幇助を受けての自死だった。その4年前に撮った最後の長編「イメージの本」には、現代文明の未来について悲観的な考えが印されていたし、自分の意志のままにならぬ老いた肉体に対して、自分の意志による死という結末を選んだのだろうと私は考えた。だが、ゴダールは映画作りを諦めたわけではなかった。その貴重な証拠が、本作である。20年にゴダールは「イメージの本」に続く映画を企画していた。本作は、その作品のイメージと音による撮影台本という趣の20分の短編映画である。完成はゴダールの死の数カ月前だった。

主なテーマは、表題の示すとおり、戦争である。ゴダールは最初期の「小さな兵隊」や「カラビニエ」以来、戦争に鋭い関心を示してきた。それが人類の最も痛ましく愚かな悲劇だからだ。04年の「アワーミュージック」では、広島の原爆投下直後の映像を合む、ありとあらゆる戦争の映像を突きつけてみせた。本作には、「アワーミュージック」からの引用があるから、その続編ともいえよう。小説家シャルル・プリニエの短編「カルロッタ」を原作にして、政治と革命に関する群像劇にもなるはずだった。コダール自身が老いてしわがれた声で、革命の情熱に回帰するように、また映画を作れるだろうかと自問している。その映画のなかでは、女性が要の役割を果たすことも示唆されている。現代世界の危機にあって、そこから脱出するごの希望を女性の存在に託していたかに思われる。邦題のごとく、正真正銘の「遺言」である。だが、原題は、「永遠に存在することのない『奇妙な戦争』という映画の予告編」という。つまり、ゴダールは新作「奇妙な戦争」が永遠に完成されないことを知りながら、自分のいない未来に向かってその製作中の映画を差しだしたのだ。

(映画評論家 中条 省平)

日本経済新聞2/16より抜粋

◼︎NOTE II
2022年9月に、91歳でこの世を去ったジャン=リュック・ゴダールが最後に残した作品である。冒頭、予告編との文字が出るように、ゴダールが映画化を目指しながら何度も手を加え、遂に作られなかった作品のイマジネーションの源流を示す徴が、生々しく羅列する。 五線譜を彷彿させる線の中に窮屈に押し込まれた文字のたどたどしい筆跡や、書を思わせる力強いタッチの絵など、これまで映画の奥に隠れていたゴダールの生々しい肉体や息づかい、体温が感じられる作品となっている。同時に30分という物理学的な時間枠では計り知れない、謎掛けも成されている。「暗い部屋で黒猫を探すのは難しい。そこに猫がいなければなおさらだ」と早々と紹介される言葉から、観客はゴダールの知の迷宮へと放り出されるのだ。そして、彼自身の声により、トロツキストとして共産党を除名されたベルギーの作家、シャルル・プリニエの小説「偽旅券」を下敷きにしていたことが明かされる。「イメージの本」など、ゴダールの晩年の作品の撮影を担当したファブリス・アラーニョらのサポートを得ていた。

映画は、トロツキーと対面し、彼の思想の欺瞞を説いた哲学者、シモーヌ・ヴエイユの名も並行して並べる。女優の演技、肉体を通して映画を語ることはもはや捨てたと思わせていたゴダールがカルロッタという女性を主役に置き、何を語ろうとしていたのか。彼の作品には、思想と政治が織りなす暴力への抵抗が常に示唆された。文化の無を描き、無から立ち上がる勇気をも描いた。痕跡を辿る作業に終わりはない。

(金原由佳・映画ジャーナリスト)

朝日新聞2/16より抜粋

◼︎COMMENTS
「死後のゴダールは、存在しない作品の予告編とやらでまたしても見るものを驚かせる。ゴンクール賞受賞作家シャルル・プリニエの『偽旅券』の映画化が叶わず、その詳細なシナリオ構成をキャメラ担当のアラーニョに託し、これは自分の最高傑作だと呟いたというのだから。実際、作中に再現される『アワーミュージック』の一景を目にしただけで、誰もが涙せずにはいられまい」蓮實重彦

自作『アワーミュージック』(2004)をアップデートしつつ、スペイン内戦からアラブの春に至るあらゆる闘争をごった煮にした本作は、シモーヌ・ヴェイユやハンナ・アーレントに連なる新たな抵抗する女性の人物像「カルロッタ」が生まれようとする現場に我々を立ち会わせてくれる。ー堀潤之

21世紀 / 1人ジガ・ヴェルトフ集団 / 最後のヌーヴェル・ヴァーグ / 最新作 /
輝き / 20年後の素顔に驚かされる / サンローラン / 遺書 / 市場なきクール /
最短の最高傑作 / これこそがコラージュ / これこそが反資本主義 /

菊地成孔

◼︎THOUGHTS
さよならゴダール
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