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正義の行方のmorettiのレビュー・感想・評価

正義の行方(2024年製作の映画)
4.0
2人の、ないしは3人(ことによると4人)の命が失われている事案を扱っているドキュメンタリー映画を評するに不謹慎かもしれませんが、すこぶるオモチロイ!
…と思いましたね。
 
このドキュメンタリーは以前NHK-BSで前後編で放映されていたのを録画して観てはいたんですがうっかり消してしまっていたので(雀の涙HD容量)、ユーロスペースでこの映画版を観てきました。家で見る分にはいいけど、約2時間40分という上映時間はやや躊躇しましたことです。
 
ちょうど先ごろ、この飯塚事件の2回目の再審請求が福岡地裁で棄却されたというニュースがありましたし、そのちょっと前にも袴田事件の再審公判が終わっていた(無罪となる見込み)ので、この日本の冤罪事案への興味が高まっていたというのはあります。
 
本作の特徴というか白眉は、この飯塚事件を証言する人たちの人柄や人生がその向こうに透けて見える面白さなんじゃないかと思います。
そして、彼らの語る飯塚事件の見解の違いが、観客の中に浮かぶ〝なにが真実か?〟の位相をグイグイ変化させていくスリリングさですよ。
 
これは「飯塚事件」を知らないで観たほうがより面白いんじゃないですかね。
文字通り〝藪の中〟である飯塚事件の真相を、さまざまな角度から切り取り玉虫色の多面体として提示する作劇が見事です。
 
基本、この飯塚事件は冤罪の可能性が疑われる社会的案件としてピックアップされますけど、本作では元死刑囚の遺族や弁護団側の見解がありながら、「あいつが犯人で間違いない」とする元福岡県警の面々や、当時スクープ合戦の中で事件を取り扱った西日本新聞の記者たちの眼差しも平等に扱い、作り手がフラットな立場で事件を丸ごと鳥瞰的に捉えようとしているのが出色でした。
 
そこには事件の真相や司法の闇や、そういう社会的なトピックはあるにしろ、それはすべて人間の所業であって、ゆえに〝藪の中〟であり、ともすればわたしたちは常に“藪の中”にいるのではないか?という視座があったように思います。
 
事件が発生してから2年後に捜査の人員配置が変わって進展したように、新聞社の記者が出世したことでより真相に肉薄する取材活動ができるようになったように、最高裁で再審請求が棄却されてもまた司法機関の人事によって見解が変わる可能性に賭けて2度目の再審請求を地裁から始めたように、そういう人間が人間をどうにかする、という営みの性質が浮き彫りにする側面が本作にはありましたね。
機械ではなく人が人を裁くという困難さ。
 
久間三千年さんが有罪か無罪かはわかりませんが、状況証拠しかない中で彼を死刑に処した司法手続き上の経緯はあまりにも杜撰であることは間違いないと思いますし、彼が冤罪だとしたら、極めて複雑で奇怪な人間の営みに絡め取られてしまった、という恐ろしさがあり、それはけして他人事では無いのではないか。
と思いましたよ。
 
シンプルに2時間40分あまり飽きることなく画面に見入ったのは、出てくる人の顔が面白かったからですよ。
「ヤツが犯人だ!」という元刑事たち。
「犯人だと思ってたけど違うかも…」という惑う記者たち。
「これは冤罪、国家が無辜の人間1人を殺したんですよ!」という弁護士たち。
 
個人的には、明らかに旧世代然とした元刑事おじいちゃんたちの頑迷さや、安いスーツと猫背で粛々と司法の闇に立ち向かう岩田弁護士の静かな気迫がめちゃくちゃ魅力だったし、そこに彼らの生きざまが感じられて、人間カタログの面白さに満ちてましたね。

個人的には記者さんたちの「オレたちは間違っていたのかもしれん」という自問自答から真実へと立ち向かう展開はドラマチックだし、その検証の調査報道に抜擢された記者2人の〝仕事できます感〟がなんかすげー説得力ありましたね。
あと、「山方捜査一課長を囲む会」の筑豊弁のグルーヴの禍々しさはたまりませんでした。ある意味では田舎ホラーとも言えるかもしれません。
けっこうその人の顔と、着ているものの違いにもなんか人生のあれこれを感じちゃいましたねわたしは。

正義は為されているのか?という疑問を天下国家に問う社会派でありながら、人間模様の豊かさに溢れた一作でした。
 
ちなみに現在まで、死刑が確定してから再審によって冤罪が認められるケースはありますが、死刑執行後に再審されたケースはただの一度もありません。
 
この映画「正義の行方」が飯塚事件のすべてを描き切っているわけではなく、これも一つの視点である、ということは思いましたし、飯塚事件が光源となって生まれる日本の闇は濃いです。
 
そうそう、話題になったドラマ「エルピス」は明らかにこの飯塚事件を半分くらい下敷きにしていますけど(ただ公式には参照されていない)、この飯塚事件にまつわる陰謀論的な部分も組み込まれていて、それはどうかと思ったことも付記しておきます。
 
(とはいえ、飯塚市は著名な政治家の出生地であり、死刑判決から2年余りという異例のスピードで久間三千年が死刑執行されたのは彼が総理大臣になったばかりのタイミング、はよからぬ妄想しちゃうのも致しかたないよね)
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