テーマとかメッセージとかドラマとかを語ることのすべてを葬り去って、「面白いこと」だけを羅列して「面白いこと」で数珠繋ぎしただけの果てしなく「面白い」映画。ゆえに、黒沢清のフィルモグラフィ、特に『クリーピー』以降だと間違いなくダントツで「面白い」。言葉通りの意味で「ずっとめっちゃ面白くて楽しい楽しい映画」。
黒沢清の映画でこんなにも笑える日が来るとは。いや、いつだって黒沢清の映画には笑える要素もあったのだけれど、ちょっと今回はレベルが異なっていて、全てのギャグが最高に上手くいっているし、この年齢でこのギャグセンの高さには心底驚かされる。
作劇やアクションによる楽しさと共に、台詞が全部ずっと楽しい。一部の感想では「説明台詞すぎてリアリティがない」等書かれていたものの、これらは説明台詞なんかではなく「心情・心理」をダイレクトに言語化した言葉に過ぎない。まるで一般商業映画では聞かないような楽しい台詞の嵐。その上で、それぞれのキャラクターに沿った、そのキャラクターが思考した上で話すだろう楽しい内容の台詞ばかり。こんな台詞が書けるのもすごいし、こんな台詞を違和感なく発話できる俳優たちもすごい。「思い浮かびません……」椅子からズコーッと転げ落ちそうになった。
『Chime』の世界からやって来たヨ〜な勢いの吉岡睦雄登場以降、荒唐無稽な銃撃戦へとベクトルが変わり、けれども、その荒唐無稽さに対してさほど飛躍を感じさせない前半の伏線や人物描写の丁寧さも相まって、すべてが「面白い」を理由に巧妙に配置されたストーリーであることを理解する。そのカタルシス。「面白いこと」だけを目指して映画を作ると、本作が出来上がるわけか。それはちょっと、本当にすごいことだし、本当に勇気をもらえる。たかが映画、こういうことでいいんですよ。そんなことを常に教えてくれるのが黒沢清だったような気もするが、この無邪気な戯れを観ている喜びこそが、真の映画の自由であって、同時に不自由でもあって、だから映画って最高に「面白い」のだと改めて認識するに至った。あまりにも「面白い」から、それ以上でも以下でもない。
これから映画を作る人は、是非本作を観て気合いを注入してほしい。「こんなことやったらダメかなあ」「こんなことやったら分かりにくいかなあ」「いくらなんでも無理があるかなあ」ソレ全部、やったらいいよ!って気持ちになる。自分が「面白い」と思うことを撮ることから絶対に逃げちゃならない。逃げなかった映画が『Cloud』だ!!
『蛇の道』『Chime』そして『Cloud』、本年の黒沢清作品に共通している作家性は、「Vシネマ回帰/あるいはロマンポルノ回帰」のような気がする。文学的なメッセージ性よりも、映画的な運動神経を用いて、存分に好き放題に「運動」しまくっている。この年齢で。このキャリアで。「面白いこと」だけを目指して映画と戯れている。ここに来て、完全に次なるフェイズに突入した感触があり、これからも本当に撮りたい映画が一本でも多く撮れたら/観れたら本望である。
菅田将暉と奥平大兼が並走する銃撃戦のシーン、面白すぎて泣きそうになる。キヨシ、もっとやれ!!という気持ちになった。
荒川良々が『呪怨 呪いの家』を経て、完全にシリアス路線な演技体を獲得しており、いやー面白かった。居留守許すまじ猟銃おじさん。体格がでかいのでその迫力もあるが、ここまで銃撃戦が似合ってしまうとは。
赤堀雅秋の「俺は忘れないから、忘れるわけないから、忘れないぞ」みたいな静かで優しくて怖い言い回し最高。
頭巾被ってる岡山天音に対して「なんでずっとそんなの被ってるんだ」と聞くシーンも笑った。
窪田正孝も本当に良かった。ウシジマくんの世界からやって来たような嫌な先輩の実在感。且つ抑制された憎悪表現。ラストの台詞とか顛末とか、ちゃんと面白すぎた。
終始、菅田将暉が困りツッコミ側なので、やっぱりコメディとしての計算がうまいし、そのタイミング、その間でその台詞を言われたら、こちとら笑うしかないですの連発だった。そんな菅田将暉も時折ヘンテコなこと言うし。もうみんなずっと面白い。
果ては『地獄の警備員』まで登場させて、突然ヨーロッパギャング映画のような展開を駅のホームワンショットで済ませる辺りも本当に面白い。
そして、雪!あれはすごい。感動しますね。最高にアガりました。蓮實重彦が絶賛しているのも納得!(笑)
クライマックスだけ一瞬叙情的になるのが勿体なかったけれど、その後のエピローグが1億点の面白さだったから万歳。
窓ガラスの割れ方、死ぬほど汚い漫画喫茶の部屋、猟師のおっさんの吹き飛び方、『ラルジャン』、唐突に『シャイニング』、『マングラー』みたいな工場にカーペンター映画みたいな人の集まり方など、おもしろポイント盛りだくさん。
こんなに笑えて楽しい面白い映画なのに、劇場では私と同行した友達の二人くらいしか笑っていなかった。恐らく、皆さん「こんな映画だとは聞かされていない……」と困惑していたのだと察する(社会派サスペンススリラーみたいな宣伝だけれど、タイトル出る直前のパソコン、オークション描写からしてアホすぎるので見誤ってはならない)。
異常な映画だ。異常に面白い映画だ。そして、そういった映画の方が壊れきった現実に近い感覚すらある。でも、これは間違いなく「映画」そのものでしかないのよなあ……。あー面白かった面白かった。