SANKOU

盗月者 トウゲツシャのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

盗月者 トウゲツシャ(2024年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

改めて物の価値とは何なのかを考えさせられる。
初めは優れた機能に見合った価格がつけられる。
やがてそこに物語が付与され、ブランドの価値は跳ね上がっていく。
希少なものであれば、さらに値は吊り上がる。
たとえ本物と同じように精巧に作られたとしても、偽物には全く価値がない。
たとえば時計。
偽物でも時計としての機能が果たせていれば良いような気はするが、人が時計に求めているのは機能性だけではない。
誰がその時計をつけているかも重要だ。
大物がそのブランドの時計をつければ、その時計はつける人のステータスになる。
当然、偽物をつけていたとすれば、その人のステータスも下がってしまう。
こうして人は付加価値がついた時計を、販売当時の何十倍もの値段で手に入れようとする。
そして、希少価値のある時計が世に知られれば、それだけ偽物も出回るということだ。

時計修理工のマーは天才的な腕で時計の偽造販売もしていた。
実は部品のひとつひとつは本物なので、機能は本物と変わらないのだが、先に述べたようにその時計にはブランドとしての価値はない。
そんな彼は裏で盗難時計の売買の顔を持つロイに弱味を握られてしまい、日本の時計店に保管されたある高級時計の窃盗を強要されてしまう。
リーダーのタイツァー、爆薬専門家のマリオ、そして金庫破りのヤウと共に、マーは日本へと旅立つ。

窃盗計画の説明と、実際の行動の様子が同時に描かれるために、非常に展開がスピーディーだった。
もちろんどのようにして金庫を守る鉄壁のガードをくぐり抜けるのかという興味はある。
が、たとえば『オーシャンズ11』は観ているこちら側も、窃盗団と同じ意識を共有しているような没入感があった。
しかし、この作品は黒幕のロイに全く感情移入出来ない。
たとえ窃盗が成功しても、素直に喜べないのだ。
そこでこの映画は中盤から面白い展開を用意している。

実はタイツァーもマリオも慕っていたのは先代のボスだった。
息子のロイはかなり残忍な男で、先代の側近を容赦なく始末していた。
たとえこの計画が成功しても、二人は何らかの理由をつけて始末されてしまうかもしれない。
そこでマリオはロイに反旗を翻す決意をする。

ヤウの特殊な事情も物語を熱くさせてくれる。
彼は病気の母親の治療費を稼ぐためにこの計画に自ら志願した。
実は彼の母親も鍵師として、かつてロイのもとで働いていた。
やがてヤウは同じくロイのもとで働いていた兄が、任務中に殺されていた事実を知ることになる。

強要されてこの計画に参加したマーは、災難に巻き込まれただけのようだが、元は自分が撒いた種だ。
彼は偽造販売を続けながら、ある幻の時計の行方を追っていた。
それは初めて月に行ったというムーンウォッチと呼ばれるものだった。
同じブランドの同じ型の時計は世に出回っているが、ムーンウォッチはその真偽も定かではなく、値段もつけられないほどの貴重な存在だ。
その貴重なムーンウォッチをマーは思わぬ形で発見することになる。
それは窃盗団の狙いである時計店の金庫の中に保管されていた。
そしてそのムーンウォッチの存在が、彼らの運命を大きく動かすことになる。

アクションシーンも工夫が施されていて面白かった。
個人的には花火大会に合わせて、下水道の壁を爆薬で破壊するシーンが印象的だった。
どう転ぶか分からない予想外の展開に、どんでん返しもあり、最後まで物語の中に引き込まれる作品ではあった。
もっとマーやタイツァー、マリオに共感出来るようなエピソードがあれば、もっと没入感を味わえたかもしれない。
ロイはもっと残忍でも良かった。
銀座や渋谷の見慣れた風景が、新鮮に感じられるカメラワークも印象的だった。
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