グーロフ

蛇の道のグーロフのレビュー・感想・評価

蛇の道(2024年製作の映画)
3.4
セルフリメイクの元となったVシネマでは、幼い娘の復讐にとり憑かれた男(香川照之)と彼を手助けする謎の塾講師(哀川翔)の、男ふたりがW主人公だった。リメイク作では、哀川翔の役どころがフランス在住の心療内科医(柴咲コウ)へと置き換えられ、彼女が実質的な主人公役を担う。

野ジカのような柴咲コウの身のこなしと比べて、共演者たちは総じてガタイが大きく見え、どことなしに緩んでみえる。そんな彼らの肉体を生死にかかわらずモノ扱いする非情な柴咲コウがスゴイ。復讐に手を染める女でも『マッドマックス:フュリオサ』のアニャ・テイラー=ジョイのようなストレートさや涙はここにはない。虚無の淵から時おり憎悪を覗かせる柴咲コウにとにかく目を見張らされる。
ずらりと日仏の実力派俳優を並べてみせながら、彼女の「身体性」その一点突破に賭けた本作の「思い切りよう」に正直、驚いた。

他方、オリジナル版で香川照之が演じた役のダミアン・ボナールは、どこか自らの体躯を持て余し気味にみえる。夜道で少女を凝視し続けていた香川照之の“闇の顔”はここでは影を潜める。ボナールが路駐現場から小走りで逃げ去ろうとする姿など、まるでMr.ビーンみたいだ。
元警備員役のスリマヌ・タジは007シリーズのリチャード・キールのようにいかつく、あの小柄なマチュー・アマルリックでさえ肉厚感が漂う。
余談だが、マチューやグレゴワール・コランらが嬉々として演じていた「横並びの死体」には思わず吹き出してしまった。

本作の大筋はVシネ版に準じており、元々あった印象的なシーンの数々——例えば、寝袋を引きずりながら野原を逃げてゆく2人、壁に寄りかけられた3つの死体、不意に再生が始まる複数のビデオモニター、殺害映像を凝視する男のアップなども本作で“再現”されている。

しかし、両作の「空気感」はまるで違う。
Vシネマの方は、一見いかにもチープな人物・場所設定のなかで時系列の再構成や反復を巧みに織り交ぜた脚本の妙が際立ち、加えて哀川翔が乗り回すママチャリ、路上に書き連ねられた謎の数式、仄暗い室内や夜道、ザラついた質感のビデオ画面などのディテールが、白昼夢のようないかがわしさとホラー・テイストを強調している。
一方、リメイク版を支配するのは、漠とした虚無感が支配する不穏なムードだ。そこへパリの石畳とアンゲロプロス監督作のような曇天が、本作に硬質な品格をもたらしている。

自分にとって、B級映画的な「愉しみ」に浸れたのが1998年公開の前作だとしたら、逃げ場のない虚しさが覆いつくす「今この時代」を垣間見てしまったのが本作、といえるかも。
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