ヨーク

ストップモーションのヨークのレビュー・感想・評価

ストップモーション(2023年製作の映画)
3.7
ヒットというほど客が入っている感じはしないのだがSNSなどを含めた先に観た人の感想では中々悪くない感じで、また好評につき上映延長(まぁ他にかける映画がないだけという可能性はあるが…)となっているのを目にしていたので少しだけ期待して観たのだが、いやまぁ期待以上というほどではないにしてもしっかり面白い映画だったなぁという『ストップモーション』でしたね。
本作の特色としては何と言ってもタイトルにあるように劇中でストップモーションによるアニメーションがふんだんに使われているところにある。俺はストップモーションのアニメが好きなのでそれだけでかなり観たい映画ではあったんですよね。そしてその使われ方も実に悪夢感のあるホラーテイストな感じでヤン・シュヴァイクマイエルとか『PUI PUI モルカー』で一世を風靡した里見朝希の短編作『マイリトルゴート』のような雰囲気のあるシュールさや不気味さのあるアニメーションがサイコホラー的な物語とマッチしていてかなり良い雰囲気を醸し出していたと思う。先日観た『ハイパーボリア人』のシュールな不安感とも親和性はあるかもしれない。
ストーリーはというと、主人公は映画監督を目指している女性なのだがその女性の母親が業界でも大御所で偉大なストップモーションアニメの作家なんですよ。んで主人公は母親の制作を助監督? 的な感じで手伝っているのだがこの母親が非常に完璧主義者で作家第一主義な、要は芸術家タイプの人なので助手が実の娘ということもあって一切遠慮せずに妥協ゼロの厳しい制作現場になり、主人公である娘にも無茶な要求が突きつけられるんですよ。一言で言うならばまぁブラックな職場なわけだ。しかし母親は年のせいか制作の途中でぶっ倒れて入院してしまう。んで娘がその後を継いで映画の完成を目指すのだが、どんどんプレッシャーに押しつぶされていって現実と虚構の狭間も合間になり夢想と狂気に飲み込まれていく…というお話ですね。
これは二重構造になったお話で、ストップモーションのアニメというのは人形とかを使って一コマずつ撮影するわけだが撮影に使われる人形と母親の操り人形である主人公というのが重なるような構成になっているわけですね。しかもよく出来ているのは母親は娘を自分の思い通りに利用するという抑圧の象徴でありながらも、その反面娘からしてみれば母親の言いなりに動いていれば間違えることはない、という庇護者であり導き手という側面もあるんですよ。だからこそ母を失った娘はどうしていいか分からなくなり自力では映画制作もままならなくなってどんどん狂気に染まっていくわけだな。
そこら辺がとてもよく描写されている映画でしたね。これ作中でハッキリとそういうことを言われるわけではないから俺の解釈というところはあるのだが、ぶっちゃけ主人公は映画作りの才能無いと思うんですよね。でも母親が偉大な監督で自分がその母の遺作を完成させないと! っていうプレッシャーを感じることでどんどんあらぬ方向へ脱線していってしまうというのが悲劇でもあり喜劇でもある感じで面白かったなぁと思う。そこはよく言われるホラーギャグは紙一重みたいな部分もわりとあって、個人的には主人公が00年代に週刊少年ジャンプで連載していた『ピューと吹く! ジャガー』に出てきたポギーに重なって仕方なかった。
いきなり感想文があらぬ方向に飛んだな…と思われたかもしれないが、いや実際似てるんだよ! ポギーに! 一応説明しておくとポギーこと保木渡流という人物はジュライという大人気ビジュアル系バンドのベーシスト兼作詞家で数々のヒット作を世に出した天才ミュージシャンであるのだが、ある日ジャガーと出会った彼は自分は売れ線の音楽ばかりを作って本当に自分がやりたいことをやれていないんじゃないのか? と思うようになり、自分の内なる表現欲求を解放するようになるのだがそのポギーの真の自己表現は誰にも理解されないような前衛的でナンセンスでバカバカしいものでありどんどん彼は自分が何をやりたいのか分からなくなり表現の迷宮に囚われていく、というキャラクターなんですよ。
ね? 大体本作の主人公と同じでしょ? 全然違うだろ…という声も聞こえてきそうだが同じだという体で感想文を進める! いや本作はそういう映画だと思うんですよ。少なくとも俺にはそう思えた。この映画の主人公に限らず、また『ピューと吹く! ジャガー』のポギーにも限らず、アーティストだから変なことしなきゃ! みたいなプレッシャーってあるじゃないですか。例えば「ロックスターは27歳で死ぬ」とかいう言説だって似たようなもんですよ。画家や小説家は人格破綻者であらねばならない、もしくは芸術家というのは普通ではない性格の方が良い作品を作る、みたいなパブリックイメージはあるのではないだろうか。本作の主人公は正にそのような存在である母の子供として彼女のお人形としてしか生きることができなかったということを描いた物語なのではないだろうかと思う。
これはきっと宮﨑吾朗とか長嶋一茂とかは涙を流して共感する映画だと思いますよ。ただまぁ、その辺の感じは上記したようにホラーとしての怖さがありつつもどこか滑稽でギャグに観えてしまうという部分でもあったのだが…。ただまぁ実際の作中の描写としてはかなり痛々しく、文字通りに肉体的にも精神的にも自身の傷跡を抉り出すようなシーンが後半はよくあってサイコホラーとしては十分に堪能できる作品であったとは思いますよ。
そこら辺の自分で自分を追い詰めていく感じに狂気と滑稽な独り相撲感が共存していて味わい深いんですよ。多分本作の主人公はそんなに映画監督としての才能とか無い人だと思うと書いたが、そんな人が普通に生きることができなくなるほどに追い詰められていく外部からの無言のプレッシャーは恐ろしいですなぁ…という映画だったと思いますね。傑作とか言うほどではないがまぁまぁ面白かった。あと作中のストップモーションパートも主人公の不安を巧く表していて良かったです。
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