社会や集団のリーダーに人格者を据えることが如何に難しいか。世の大国の為政者がことごとく人格者とは程遠い人物になり、自分に都合の良いように国を動かす独裁者となっていく様をこうも見させられ続けると、否応にもリーダー選出システムや継承の在り方について考えさせられる。
原作は2013年のコンクラーベがきっかけ。英国政治評論家・作家のロバート・ハリスが或る一人の枢機卿から助言を得ながら行ったリサーチを基に、2016年に著した小説。したがって映画の方も実際のコンクラーベの手順や方法などが忠実に映像化されてはいるものの飽くまでフィクション。ただし一部のキャラクターにはモデルやヒントとなった人物がいるようである。
予め立候補者を募らない互選という選挙方法では、権力志向の人間よりも日頃から皆の意向に耳を傾けて回る公正心の強い、公平な、集団の調整役のような人物や、端からリーダーになる気など持っていなかったような慎ましい人物が選出される傾向にあると思う。これは、様々なリーダーや要職をほぼ全て、立候補者を募らない形式の互選で決めていた特異な法人組織に所属していた自分の経験からの実感である。このような互選が持つメリット・デメリットについては幸か不幸か嫌というほど自分の身に沁みている。
そんな互選でさえ投票までの期間が長くなったり選出されそうな有力者が何人か見えてきて、まるで立候補者が出てきたのと同じ様な状況になってくると邪な行動が横行し出す危険性を孕んでくる…このことが映画を通して非常によく分かったし、それが事もあろうに俗世から隔絶した聖職者たちの話とあって自分にはとても驚きであり新鮮に映った。
高尚な聖職者であるはずの司教、更にその中でも教皇の目に適った枢機卿であろうと権力の甘い誘惑に絡め取られたり、自分の信ずる道を実現するため常軌を逸してしまったりする者が少なからずいるとは実に生々しい。これだけ聖職者たちを生臭く描いてしまっては世界中の敬虔なカソリック信者から不満が噴出するのではと不安になるくらい。
それでも映画は教会の威信を掛けて真っ当なリーダーを公正に選出しようとする者たちにもスポットを当てていて胸を打たれた。
着地もまた素晴らしかった。生前の言動から逝去した前教皇の為人は窺われる。選出された新教皇もまた同様であろう。共生・共存の世界へと導き、人々を一段高めようと粉骨砕身するような人物。この点では彼こそ前教皇をも越えていくのではないかと熱くさせる。自分はクリスチャンでもなく、どんな信仰心も抱かないタイプの人間だが、信者の人たちにこの結末が広く受け入れられると良いと思った。
映画では人物像を対比的に見せるだけではなく、共通性・共感性を感じられるように人物を並置して描写してもいる。ローレンス(レイフ・ファインズ)の涙の背景にも想像を巡らせることができた。テーマに向けた細やかな伏線の数々にも見入った。
限られたモチーフを畳み掛けるように聴かせる劇伴も秀逸。
久しぶりに心が震えるほどの秀作に出会えてとても嬉しい。
字幕翻訳は渡邉貴子氏。