【リリーとウィリー】
ひさびさファスビンダー。ひさびさに映画ってこうだよな…との感覚にホッとしつつ、堪能した。
戦時下のメロドラマだが、通俗には堕ちないぞ!との意志が迸っている。カット割りは慌ただしく、音楽はシンボルソング“リリー・マルレーン”以外のBGMは、脅迫のように、前のめりに轟く。
戦争で引き裂かれた男女の溝が、フィルム・ノワールを生む要因だった…との映画史解釈からすれば、本作も80年代になって、暗がりのないノワールが仕上がった…という事例な気もする。
ハンナ・シグラ演じる女の一代記、ということなら『マリア・ブラウンの結婚』の方が強烈だしなあ。
“引き裂かれ”は本作の核かと。主人公ウィリーは女だから、男が始めた戦争に引き裂かれる。面白いのは、出征したドイツ兵の心を掴む“リリー・マルレーン”は歌われる女の名前だが、歌うウィリーと同体のように見られてしまうこと。ステージで彼女は毎度「リリー・マルレーン!」と紹介されるようになる。
架空のリリーと現実のウィリーは別の女。でも、同じだと受け入れねばならない…逆転の“引き裂かれ”。
しかしウィリーは、より大切なコトを抱えているから、リリーを演じるのに躊躇はない。“リリー・マルレーン”と記された自分のブロマイドにサインする場があったが、確かそこでも、リリーと書いたかと。
ナチス支配下の戦時、よほど強靭なメンタルが必要だったろうと思う。…それでも限界は来るワケで。終盤、ボロボロになって尚、リリーを歌うが、衣装含め『メトロポリス』のマリアみたいなんだよね。
…歌うロボット。でも、民衆が熱狂しているのはウィリーでなくリリー。だから問題ないという。
ファスビンダーの映像筆は、どうあってもウェットには滲まない。その矜持がとてもいいと思った。
メル・ファーラーやジャンカルロ・ジャンニーニと、有名どころが出ているのが意外だったが、やっぱりウド・キアの怪演が美味しい!この人は画面を拐うよなあ。
ハンナ・シグラは美女さんだけど、20年代の美人も演じられそうなタイプだね。もはや絶滅危惧種かと。
“リリー・マルレーン”は、歌詞を噛みしめればより沁みますね。確かにこれは、結果的に反戦ソングだ。
開戦前夜に“やっぱりお家が一番!”と締めた『オズの魔法使』と同質だが、アチラの主題歌“虹の彼方に”では帰ろう!とは示さなかったのがよかったのか?そこが、米独の勝敗を分けたのだったりして。
<2024.9.7記>