ヨーゼフ・ゲッペルスが偏愛しナチス製作映画の最高傑作と言われる耽美メロドラマ。原題邦訳「犠牲行」。英題「The Great Sacrifice（偉大なる犠牲）」。監督は史上最悪の差別映画「ユダヤ人ジュース」(1940)のファイト・ハーラン。主演はハーラン監督の妻で“帝国水死体”と呼ばれたクリスティーナ・ゼーダーバウム。1944年12月29日にベルリン公開。※ヒトラーは1945年4月30日に自殺。

【あらすじ】
ハンブルグのブルジョア青年アルブレヒトが日本への旅から帰ってきた。彼は知識人家庭の淑やかな娘オクタヴィアと婚約していたが、ある日フィンランドから療養に来ている活発な娘エルス（ゼーダーバウム）に出会う。二人は気が合い親しくなっていくが、実はエルスは遺伝の病で余命が限られていた。そんな中、ハンブルクの貧しい地区でチフスが発生。そこにはエルスの5歳の養女が預けられていた。体調が悪化し外出できないエルスの代わりにアルブレヒトは感染地域に向かう。そんな彼を婚約者オクタヴィアは。。。

甘美な映像と音楽。なのに全編に死のイメージが横たわっている。白日夢のようなムードが漂い個人的には好み。ファスビンダー監督の遺作「ケレル」(1982)を想起した。

物語や心理描写のメリハリは弱いがビジュアルのインパクトが強い。日本からの土産は千手観音像～「あらゆる攻撃から自分の美徳を守る方法を知っている女神」。“帝国水死体”ゼーダーバウムはいつもの水死ではなく湖面から登場する。知識人家庭の朝食で交わされるニーチェ論。海岸で白馬に乗り弓を射るゼーダーバウム。カーニバルの狂騒と黄金の仮面を付けたオクタヴィア。そして夢幻的なコーラスの中、死の床にあるゼーダーバウムの脳内幻想が映像化される。

冒頭に映るハンブルグの街並みは、本作公開時には空爆により瓦礫となっていた。ホロコーストを重ねた挙句、まもなく敗戦を迎えるナチスドイツの現実とはまるでかけ離れた甘美なドイツ。ゲッペルスとハーラン監督の現実逃避的な意識が、結果として本作を世紀末の白日夢の如き怪作に仕立て上げたのかもしれない。異常な国家と時代精神が産み落とした極北の耽美映画であり、さらに考察の余地を感じさせる史的にも重要な一本。

年末は何故か戦時下の映画を見ることが多い。と言っても新年ではあるが。さらに、自動翻訳字幕なのでどこまで正確なのかもわからない。
作中を通じて、アシンメトリーの構図が多用される。手紙を読み上げるショットでは傾きが途中是正される等、かなり意図的にこのアシンメトリーさは挿入されている。これにより、ショット単体での完成はなされることなく、ショット間連関の中で見出される。この連関は全体を通したアシンメトリーさの中でさらに際立つ。これは、ナチス・ドイツ政権下で製作された本作において一種の様式のようなものであったのだろうか。