ぐり

ミゼリコルディアのぐりのレビュー・感想・評価

ミゼリコルディア(2024年製作の映画)
3.6
「湖の見知らぬ男」に続き、アラン・ギロディ監督特集で鑑賞

村や山が秋の色で覆われていた
秋の山をジェレミーが歩くとき、木々の色と地面に敷き詰められた落ち葉の色、そしてジェレミーが一体となる

ここの村の人たちはとても不思議

ジェレミーが店長を好きだったと言っても、驚く素振りのない(店長の奥さんの)マルティーヌ
ジェレミーに迫られて、怒ったワルターも後にはやり過ぎたとジェレミーをゆるしたり
(このときのワルターの下着を着たジェレミー
は可愛かった)
マルティーヌの息子ヴァンサンは、執拗にジェレミーを付け回して母親との仲を疑うし

しかしみな、久々に現れたジェレミーを奇妙にも受け入れていくように見えた

マルティーヌはジェレミーがシャワーを浴びてるところに、気にせず入ってくるし
ヴァンサンは寝ているジェレミーのベッド脇に忍び寄るし
神父はジェレミーが行く先々で現れ愛を告げる

みんな変なのだが、違和感は感じない
不思議
夢か現実かと思うところはあった


神父はジェレミーに
「殺人犯を罰するのが有効なのか?危険ではない人物を拘束して安心なのか?」というようなことを告解で伝えていた
またジェレミーが自殺しようとしたときには
「いつか良心と折り合いをつけられる、誰もが殺戮に加担している」というようなことを言っていた

この神父の言葉は、ジェレミーを失いたくない一心から出た言葉だったのか
あるいは、神父の信念なのか

ただ、この言葉には共感もできる

誰かが命を落としたり不幸になったりすることの一翼は、誰でも担う可能性があると思う
現にわたしだってすでに担っているかも知れない、気づいていないだけで
そして、自身が犯した罪は、刑罰なんかで赦されるものではなく、人生をかけてその十字架を引き受けていくことの方が大事なのかも知れない


最後、神父はヴァンサンの死体を墓に埋めにいった
それは神父の背負う罪の覚悟だったのか
そしてジェレミーはマルティーヌに体を重ねても良いか?と聞いて断られていた

ジェレミーの罪の片棒を背負った神父はひとり罪と向き合い
ジェレミーはマルティーヌに逃げた
それでも、神父のジェレミーへの愛は変わらないのだろうと思う

様々な愛の形があった
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