Jun潤

逃走のJun潤のレビュー・感想・評価

逃走(2025年製作の映画)
3.6
2025.03.25

予告を見て気になった作品。
1970年代の新左翼過激派集団“東アジア武装戦線”のメンバー・桐島聡の最期の日々が描かれる。

1975年、連続企業爆破事件を起こした“さそり班”のメンバーの一人、桐島聡。
事件後、重要指名手配犯とされ、戦線のリーダーを始めメンバーたちが次々と逮捕される中、桐島は宇賀神寿一と共に『逃走』を続けることを約束する。
「内田洋」と名乗り、日雇いの現場を転々としながら、宇賀神との再会を夢見て、追手から逃れ続け、“闘争”を続けた果て、病魔に冒され、病床に臥した桐島が、最期に見る光景とはー。

古舘寛治、魂の怪演ー!
当時の社会情勢や、戦線が掲げていた主義主張について考えようとするとややこしくて敵わないので、なるべくそちらには頭を割かず、内田洋こと桐島聡の“逃走”と“闘争”に捧げた人生について考えながら観てみると、若干の粗さはあったものの、見応えがありました。
若い時分は自分は何者かになれるのかを考え、なれると信じて行動を起こす様が描かれていたように思います。
また、印象的だった河川敷の場面を挟み、歳をとる桐島。
これ以降に関しては、何のために逃げているのか、何と戦っているのかが、観てる側もそうですし、おそらくは本人も分からなくなっているんだと感じました。
しかしその目的が何であったにせよ、どうして逃げていたにせよ、“逃走”を完遂したという意味ではある意味バッドエンドで、また桐島にしてみれば成功した人生だったと思わせる締め方をしていますね。

音楽についてもまた効果的に使っていて、桐島たちが犯した罪、逃亡生活というシリアスで差し迫った状況においても、どこか軽快な雰囲気に感じさせるようにBGMが使われていました。
また逃亡生活の中においても社会で起きる様々な出来事、色々な人物と出会う中で、決してその思想を失っていないことが、時折挟まれる夢や現代の場面でもって伝わってきたように思います。
古舘寛治の怪演もあって、どんな思想に則って行動していたとしても、どこか憎みきれない、愛らしさまで感じてしまいそうな人物に仕上がっていましたね。
Jun潤

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