聞き慣れないタイトルから建築関係の難しい映画だなどと勝手に思い込んでいるなら心配する事はない。
本作は〝建築〟を題材として扱っているが、描かれているのは巨大な力に抗いながら、自らのアイデンティティを貫き通したある男の物語なのだ😊
才能あふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻や姪と強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。
「ブルータリスト」というタイトルは、ブルータリズムと呼ばれる建築様式に由来している造語で、モダニズム運動から派生したこのスタイルは、いっさいの装飾を排し、コンクリートやガラスなどの素材をそのまま用いることで、機能的・有機的な美しさを追求している。だが、そんな知識は無くても全く問題はない。
ナチスの迫害から逃れ自由を求めて海を渡ったラースローが、船の上から最初に見たアメリカ🇺🇸は〝逆さまの自由の女神🗽〟だった。この皮肉に満ちたファーストショットが、彼の行く末を暗示する。
仕事に恵まれなかったラースローが、実業家のハリソンに見出され複合型礼拝堂の設計管理を依頼される。だが〝立場の弱い移民〟のラースローは〝巨大な権力を持つ資本家〟のハリソンの気まぐれに翻弄される。
その姿は今も変わらぬアメリカ資本主義の縮図の様だ。金持ちや権力者の尻拭いは、いつでも弱い者がさせられる。ラースローがハリソンに心身ともにねじ伏せられる描写には心が痛む😣
監督のブラディ・コーベットは、自分の関心領域である建築の世界を描きながら強者と弱者の対比を鮮明に表す。その側で横長のビスタサイズの画面の中に〝この映画のもう1つの主役〟とも言える複合型礼拝堂の圧倒的な造形を美しく映し出す。
また15分のインターミッションを間に挟み、前後半を綺麗に100分に納めたシンメトリーな構成は、建築家の生涯を映すに相応しい様式美を感じさせる。
一方、この映画はモノ作りをする者の矜持を描いた作品でもある。次々と降りかかる難題にも負けずに、自分の信念を貫き作品を完成させようとするラースローの姿は、コロナ禍や配信・アニメ・アメコミ映画の隆盛により中規模の劇場公開映画が苦戦しているアメリカ映画界で、苦しみながらも映画を作り上げようとする監督自身の姿も重ねているのだろう。
個人的にラストのエピローグは蛇足の様な気がする。彼が最後まで貫き通した〝ある拘り〟については劇中で伝わる様にして、最後は完成した作品をただ見せるだけでも良かったと思う。この辺りは皆まで説明しないと納得しない最近の観客へのサービスなのか。
最後に主演のエイドリアン・ブロディについて、巨大な権力の前に打ち拉がれそうになりながらも自分の信念を貫き通した孤高の建築家を見事な演技で演じていた。
数日前に「名もなき者」を観てアカデミー主演男優賞は是非ティモシー・シャラメにと思っていたが、こちらも負けず劣らずの名演であった。
〈余談ですが〉
映画の中で重要な役割を果たす〝複合型礼拝堂〟だが、一目見て安藤忠雄の〝光の教会〟を思い出した。
監督がこの教会をヒントに礼拝堂の設計を考えたかはわからないが、コンクリートの打ちっぱなしの礼拝堂の中に光の十字架が現れる厳かな雰囲気はそっくりである。
〈どうでもいい余談ですが〉
過去にも何度か経験しているのだが、またやってしまった😭
映画を観終わって帰りの電車の中でレビューを書き終わり〝下書きを保存〟を押したつもりが何故だか一瞬で全て消えてしまった😱
前にもやった事あるのだが、長めのレビューを書いた時に限ってやってしまう。
自分の不手際を棚に上げて〝下書きを保存〟と〝消去〟を隣り合わせて設計した奴を思わず恨んだ😡