『ショアー』 a 音のフェードインから始まる。(写真 a)街の中の床屋なのだろうか、車の音が聞こえる、電気は付いてない昼間だが、薄暗く、色温度の高い青い印象の室内。そして髪を切るハサミの音。証言者であるアブラハム・ボンバが、白髪の男性の髪を切っている。しかし、その映像は、合わせ鏡による映り込みの連鎖のアブラハム・ボンバの像である。実際には、3人以上の床屋、従業員。その3人に髪を切られている3人の客。そしてアブラハム・ボンバの後ろの椅子で、順番を待っている3人の客。途中から新たにやってきて入り口で待つ2人の客がいる。普通に数えただけでも、この床屋の空間には相当な人数がいるが、合わせ鏡による映り込みの連鎖により、アブラハム・ボンバとその客を中心とした狭いフレームでも、人や物が増幅され、異様な雰囲気を形作っている。 b カメラは鏡からズームアウトし、現実の彼を捉えるギリギリの瞬間に、「なぜあなたが選ばれたのですか?」とランズマンは質問を始める。(写真b)しかしカメラはまた、鏡へとパンを始め、ズームし、鏡の中の彼を捉える。カメラはこの後も、ほぼ鏡像の彼の姿を撮影している。明らかに意図的に、鏡像を選んでいるのだ。合わせ鏡による複雑な空間と、後ろに位置する椅子に座る客や、他の床屋の身振り、視線が映り込み、観客の注意を散漫にさせる。そしてアブラハム・ボンバの動作も多いために、一度見ただけでは、証言それ自体に集中することができない。そして徐々に、髪を切る動作と彼の発言の乖離が始まる。彼自身も明らかに身振りが邪魔そうなのだ。声の質や大きさが、演説的な何かへと変貌を始める。髪を切る床屋という仕事の日常と 台詞?彼のしゃべる言葉の多さが、釣り合っていないのだ。 髪を切られている客も、待つ客も、他の床屋も、押し黙るしかない。鏡に映り込むこのような複数の視線は 時にアブラハム・ボンバに、そしてカメラに視線を向けるが、「いないようにして存在するしか術がないかのようだ」。 ホロコーストの生き証人としてアブラハム・ボンバは、ランズマンに選ばれ、床屋という日常の空間で、当時と同じく「髪を切る」という身振りをしながら、「ショアー」について話をする。話されている内容だけでなく、他の誰一人も会話をしない床屋の中で、彼だけが演劇的な声で話をする。再現=上演なのだから、当たり前なのだろうか。不自然さをそのまま、押し進めているとしか思えない。鏡へカメラを向けることにより、自覚的に、日常空間での、この再現=上演は繰り広げられる。ランズマンは上演を辞めない。客が入ってくると「No.No.」と静止させさえするのだから。
かつて、「リッダ」と呼ばれていた「ロッド」の旧市街で話をしていた白いシャツの老人のシーンの後、カメラは爆撃を受け崩壊している建物のゆっくりとしたパンから、遠目に教会を映して、床屋にいる白いシャツ老人の姿へカットが切り替わる。崩壊している建物から教会へのインサート映像には、すでに床屋の中で話をする白いシャツ老人の声が重なっている。白いシャツの老人の言葉から床屋のシーンが始まる「What day was it ?」(別紙a)誰も答えない。その目線の先にいるのが、インタビューアーなのかどうかまだ定かではない。白いシャツの老人は「I remember it clearly」と話しを続ける。『ショアー』の床屋とは違い、昼間の光が行き届き、開け放たれたドアから外の車の音や子どもたちの遊び声が聞こえる。そして終始鳴り響いている扇風機の音。白いシャツの老人がしゃべり終わると、その扇風機のインサート(別紙b) 、そして、このシーンの重要な人物である床屋の老人が、なにかを見ているようなカットで登場する (別紙c)違う人物(緑のポロシャツの男性)の声がオフで入り、続いて、さきほどの白いシャツの老人の隣に座った、ポロシャツの男性が話しているカット(別紙d)となる。 白いシャツの老人が話し始め、今度は、座ってうつむいている床屋の老人のカットが挿入される。(別紙e) 白いシャツの老人一人のバストショットに変わり、今度は、オフで、隣のポロシャツの男性の声が聞こえる(別紙f)→ そのままパンで話しているポロシャツの男性へ(別紙g)話している途中で、さらに、なにかの準備をしている鏡に写る床屋の老人へカットが変わり、そのままパンダウンして、声の主体であるポロシャツの男性へ(別紙h)
時間は変わり、ようやく床屋の老人が話し始める。「政治家が書いた本は嘘だらけだ」と言い、隣に座っている青シャツの老人を紹介する。(写真h〜l)「He read the book and knows the facts. 」「His book is a whole web of lies.」
そして、床屋の老人が、客の髪を切りながら話し始める。 In 1948 , I was 19 They shot everyone in the mosque. インサート They locked them in one room …
イスラエル兵によるモスクでの300人の武器を持たないアラブ人の虐殺と、その死体を火葬し、埋めたことを語りだす老人。髪を切るという動作は、自然に行われる。普通の言葉で話すこと、そして、仕事をすることが、『ショアー』のような不自然さからは遠い日常の身振りとなっているように見える。「わたしの手が、わたしの証人だ。」と語る老人。監督は『ショアー』のランズマンと同じ質問をする。「How did you feel ?」と。
Look … Bodies swell up after a few days. しかし、唐突にまたオフの声で、白いシャツの老人の言葉が聞こえ、映像もさきほどの白いシャツの老人とポロシャツの男性に切り替わる。
I saw him when I came to get the keys. He was carrying a corpse and an arm dropped off it. I saw it. The stench was unbearable. 言葉自体は、「Look … Bodies swell up after a few days.」という床屋の老人への即座な応答のように聞こえるし、見えるのだが、この時点では、もう二人の老人は床屋にはいない。
m n o カットはまた、床屋の老人に戻る。「We burned them.」「Burned them?」「 Right.」(写真m,n) この間、カメラは床屋の老人をパンで追うが、直前に発言をした後ろに座っているであろう老人たちの場所が見えそうになる瞬間にカットと割り、床屋の老人の話が続く「Many of those who fled died of thirst」(写真o) この後も、明らかに画面上手の方を映さないようなフレーミングと編集になっている。 この後、床屋の老人は、髪を切るという仕事をしながらも、淡々と、しかし確かな口調で、ユダヤ人に「ゲットー」と呼ばれていたこの地区での暴力、家を奪われ、レイプされた女性もいたことを語る。
Solders do what they like when no one’s watching. What memory pains you or angers you most ? That all the people we knew went away. Life went with them. Each demolished house is a memory lost forever.