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The Return(原題)
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『The Return(原題)』に投稿された感想・評価

映画祭見逃し作。ホメーロスの「オデュッセイア」の後半を再構築した映画。トロイア戦争後オデュッセウスが帰還してからの話。
やっぱり元が面白いので安心して観られる。
数々の映画に取り入れられらのも頷ける。

「おみおくりの作法」ウンベルト・パソリーニ監督 x レイフ・ファインズ、ジュリエット・ビノシュ、チャーリー・プラマー共演。
レイフ・ファインズが筋肉ムキムキになっていて驚いた。筋肉質な体になるためにトータル7ヶ月のトレーニングをしたそうだ。
ペネロペ役にジュリエット・ビノシュを指名したのもレイフ・ファインズだそうだ(イングリッシュ・ペイシェント、嵐が丘で共演して以来の仲)

死んだと思っていた夫が戻ってくる、皆は乞食だと思っていたら実はあのオデュッセウスだったという流れは比較的静かで、それぞれのキャラクターの内なる思いや怒り悲しみ絶望が伝わるドラマになっていて、終盤のあの弓矢チャレンジはなんだかんだでやっぱりテンションあがる。ひたすら隠していた英雄の業をとうとう見せた感あって良い。

あなたの過去は私の過去、私の過去はあなたの過去、一緒に忘れずに許しあって生きていく。
壮絶な闘いと過酷な帰還を経たオデュッセウスと悲しみと外圧に堪えたペネロペが再び人生を歩み出す話。

こうやって観てみると、ホメーロスの「オデュッセイア」学生時代以来の再読してみたくなる。
クリストファー・ノーランによる映画も楽しみ。
4.0
レイフ・ファインズは
いつからこんなに素晴らしい俳優になったのか。
イタリア版BD。26-46。イタリア語・イタリア字幕。イタリア語タイトルは「Itaca il ritorno(イタケー、帰郷)」。

ウベルト・パゾリーニが撮ることは知っていた。なかなか公開されないのでイタリア版のBDを買うが積読状態。この9月にノーランの『オデュッセイア』が公開されるというので気が急いていた。幸か不幸か腰ヘルニアの再発、安静にする必要があり、それならばと鑑賞。

これは最高。みごとな反戦映画、琴線に触れる人間讃歌。

イタリア語タイトルにあるように物語は、オデュッセウスのイタケーへの帰還を描く。彼はなぜ、トロイの戦いの後に何年も彷徨ったのか。ウベルト・パゾリーニは、そんな人間的な問いを掘りさげる。浮かび上がるのは、戦場でぼろぼろになった男の姿。故郷に帰りたいと思うが帰れない。

戦争に出た男の故郷はもはや戦場なのだ。英雄と呼ばれた男は、仲間も失いながら生き残り、イクサのPTSDを背負ったぼろぼろのおいぼれ。U・パゾリーニのオデュッセウスは、ただの「おいぼれ」だ。イタケーへの帰還はただの偶然。カメラはその「おいぼれ」の偶然の帰還のなかに、見出されるものをおいかける。

オデュッセウスの「おいぼれぶり」の依代となるレイフ・ファインズがみごとだ。その表情、空虚な瞳。なるほどベイルマンが言うように、人間の顔ほど美しいものはないのかもしれない。パゾリーニがレイフ・ファインズという俳優から掘り出してみせた顔は、神話の英雄のそれではなく、現代にあってもあちらこちらを彷徨っているあの漂流者たちが、その顔に深く刻み込んだ風景なのだ。

イタケーに残され、息子と島の平和を守ってきたペネロペイアは、夫オデュセイウスが戦場に立ったあと、二人の寝室を封印し、義父ラエルテスが亡くなったときのために被せる布を織り続けている。島には求婚者たちがやってくる。その布が織り上がったら、彼らのなかからひとりを選ぶと言う。

その布φᾶρος(phāros)のことをイタリア語で sudario、英語ではshroud という。死者にかける布のことで「屍衣(しい)」と訳される。映画ではみごとな赤い布。ジュリエット・ビノシュの演じる妻は、それを昼間に編んで夜には解き、夜に解いたものを昼間に編む。完成がいつまでも先延ばしにされるのは、義父の死を先延ばしにする仕草であり、自らの再婚も先延ばしにすること。ペネロペイアは、オデュセイウスの帰還を待つ物語を彼女が織り上げているというわけだ。

そんなペネロペイア/ビノシュの表情もみごと。屍衣を編んでは解くの繰り返しのなかで、彼女はイタカにやってくる求婚者をやり過ごし、独寝の寂しさを紛らわせ、息子のテレマコスを守り、ひいては家族の平穏を維持している。だからこその寂しさ、決意、見え隠れする欲望... それらすべてが、ビノシュはその美しく年齢を重ねた顔に風景として映し出される。

オディッセウスの父ラエルテスは、ホメロスの原作ではペネロペスが屍衣を編んでは解いて死を先延ばしにしていた甲斐あってか、息子に再会することができる。しかしウベルト・パゾリーニの父は息子に再会できずに死ぬことになる。そうなるとペネロペイアの屍衣はまだ間に合っていない。それでも彼女は、今度はその布をもはや死者にかけるためではなく、再婚の衣装として纏うために織り続けるのだという。こうして編んでは解く行為は、ただ再婚の遅延のためのものとなり、意図せずして、夫オデュセイウスの帰還を編む織物/テキストとなるわけだ。

みごとな設定。実に人間的だと思う。

オデュッセウスのことを最初に気がついたのは愛犬のアルゴスだ。再会直後に安心したのかすぐに息を引きとってしまう。そんな姿を見ていたのが豚飼いのエウマイオスだが、演じるクラウディオ・サンタマリアがいい味を出している。素朴だけれど一途な忠信もの。鋼鉄ジークのスーパーヒーロもそうだった。ごついけど悪人じゃないと安心できる顔だ。

もうひとり、安心できる顔がオデュセイウスの乳母エウリュクレイアを演じたアンヘラ・モリーナ。その足の古傷を見て、ボロをまとったみすぼらしい男の正体に気がついて抱きつく。大のおとなを、まるで赤子のように抱き上げようとする。この乳母の表情に、モリーナのそれが見事な依代をあたえてくれるのだ。

クライマックスは虐殺。誅殺ではない。虐殺だ。

あの弓の引き比べ競技から求婚者たちの虐殺への展開はみごと。決してアクション映画ではない。神話的なアクションではなく、どもまでも泥臭い、人間的なアクション。

ないしろ、オデュッセイウスの弓に弦を張ることができるのは、オデュッセイウスが英雄だからではない。戦士として弓の特性を知っているからこそ、それを火であためて柔らかくして、体全体を使ってまるで踊るように弓を張って見せる。その美しさはリアリズムなのだ。原作に火で温める描写はないが、優美さは原作どおり。足で片側を押さえて、弓をかけ、みごとに並べられた斧の穴を射通して見せる。だが美しいのはここまで。そこからは、はらわたをえぐるような虐殺シーンが始まる。

繰り返そう。誅殺ではない。虐殺なのだ。それはオデュセイウスの戦場であり、彼の第二の故郷だ。イタケーの王は、戦場から戦場に帰ってきたのだ。彼は戦場で、ペネロペイアの夫であり、テレマコスの父であることを壊されてしまった。しかし戦場は遠い過去のものでも、遠い場所ものものでもない。それはあらゆる場所に偏在する。イタケーにも。

かくして、息子テレマコスもまた戦場の屠殺者と成り果てる。母ペネロペイアの制止もきかずアンティノオス(Marwan Kenzari)の首を落とすと旅立ってゆく。残されたオデュセイウスとペロペイア。戦場を生き延びたあとの二人の会話がよい。

イタリア語で引用しよう。

- Quanto sangue. (たくさんの血)
- Sì.
- Quanti anni. Perché? (たくさんの年月。なぜ?)
- Avresti potuto amare l’uomo che sono diventato? Non potevo tornare. Perdonami. Perdonami. (こうなってしまった男を愛することができたかい?帰れなかったんだ。許してくれ。許してくれ)

ここに、U・パゾリーニの答えがある。オデュッセイウスはなぜ帰れなかったのか。戦場は彼を変えてしまったのだ。違う男になってしまったのだ。そうなってしまった自分は、お前に愛してはもらえないと思ったのだ。それでも、運命が彼をイタケーに帰還させた。そして、もはや愛してはもらえないはずの愛する人が目の間にいる。

オデュッセイウスは許しを乞う。しかし、何を許せというのか。英雄になったことか。戦場で故郷と思わざるを得ないような男になったことか。帰ってこなければよかったのか。帰ってきてしまったのが悪かったのか...

このときオデッセイウスは、彼女のベッドが自分たちものではないことに気が付く。どこにやったのか。憑かれたように二人のベッドを探しはじめる。オデュッセウスの帰還のテキストを織っていた織機に、その扉は隠されていた。隠し扉の奥には二人のベッドがある。

ふたりのベッドに、オデュッセウスとペネロペイアは帰ってきたのだ。その部屋で、彼女は彼の血を洗い流しながら語りかける。

- Ci sono tante cose che non so. (たくさん知らないことがあるわね)
- Meglio non sapere (知らない方が良い)
- Ho bisogno di capire(わかりたいの)
- Non puoi capire. Io stesso non capisco (わかりゃしない。自分でさえわからないんだ)
- Lo faremo. il tuo passato sarà il mio passato. È il mio il tuo. (やりましょう。あなたは過去が私のものになるはずだから。あなたのものは私のものなのよ)
- Meglio dimenticare (忘れた方がよい)
- Ricorderemo insieme e dimenticheremo insieme. E poi vivremo e invecchieremo, di nuovo amici insieme. (一緒に思い出しましょう、それから一緒に忘れればよい。そして生きるの、歳をとるの、また友だちとして、一緒に)

なるほど、これこそがU・パゾリーニの「帰還」なのだ。一緒に思い出し、一緒に忘れ、一緒に生きて、一緒に死ぬまで、また一緒に友だちとして。

戦場で流れた血が透き通った水を染めてゆく。広がる赤は次の瞬間、波に流されて、目の前に広がる海。沖には小さな船。どこに向かうのか。

そんなラストシーン。最高です。