「敵」とは結局何なのか、という主題にひたすら考えを巡らせるも終始確信を得ることはなく、だけれど楽しく、めちゃくちゃ笑かされながら見た。
フランス文学を教えていた元大学教授の渡辺儀助は、リベラルな知識人、いわゆるブルジョワ的な人物であるにもかかわらず、若い女性たちの思わせぶり(女性がわからすると、渡辺が勝手に勘違いしているだけなのかもしれないが…)な態度に振り回され、騙されるわけだが、そのあまりにも凡庸な人間としてのありようが、モノクロの端正な映像美の中で対比的に描き出されるのがとにかく面白かった。
原作は未読で、主題について深い理解をとらえられなかったのだけれども、人間の尊厳とおかしみの両方をどちらに比重を寄せるのでもなく映し出していたのが心地よかった。
過去と現在、夢と現の境界が曖昧になり、自分が今どこでどう生きているのか掴みどころがなくなっていくのは、老境に入った人間ならではのものなのかもしれないが、その描きぶり自体も素晴らしく、そのなかで浮かび上がる「敵」とは一体何なのか……明確な答えを示さず、謎を残したまま過ぎ去っていくのもとてもよかった。
無理矢理な解釈を許されるのであれば、「敵」とはやはり自分の中にあるもので、それは外部からやってくるのではなく、見栄や欲望であったり、あるいは自分自身の過去であったり、内側から自身を蝕んでいくものなのかもしれないなとぼんやりと思った。何らかの示唆に富んでいるにもかかわらず、尻尾を掴ませない、いけずで、魅力的な作品だった。繰り返しの鑑賞に耐えうる新しい日本映画の名作だと思う。素晴らしかった。