ヨーク

どうすればよかったか?のヨークのレビュー・感想・評価

どうすればよかったか?(2024年製作の映画)
4.0
やっと観た。
本作『どうすればよかったか?』は昨年の12月7日に公開された作品で4カ月以上経ってやっとこさ観たわけだが、本作は公開後はもちろん公開前からも映画ファンからは大注目を受けており、俺のSNSのタイムラインでも秋頃からはよく話題に上っていた注目作であった。
別に言い訳じゃないけどそんな話題作を今まで観ていなかったというのは絶妙に時間が合わなかったということもあるが最大の理由は、この作品ならまず間違いなくチャリで数分の地元の名画座でやるだろうという確信があったからである。そしてその読み通りにご近所で公開してくれたので観た次第である。これは観るのが遅くなった言い訳ではなくてそのご近所の劇場への、いつもありがとう、という感謝の意ね。
んで、映画の内容はというと長々と説明するようなことは一切なく、本作の『どうすればよかったか?』というタイトルとポスターとかに使われているメインビジュアルに書かれている“面倒見がよく優秀な姉に統合失調症の症状が現れた 父と母は玄関に南京錠をかけ、彼女を閉じ込めた”という必要最低限な惹句そのままの映画である。まぁその言葉通りの様子を撮影したドキュメンタリー映画ですね。そこにもう一つ重要な前提を付け加えるなら本作の監督兼カメラマンは統合失調症を発症した姉の弟であり、当然彼女を閉じ込めたという父と母は監督の両親でもある、ということである。
いやー、すごいなー、と思いますよね。そりゃ映画公開前から話題になるよあなぁという内容の作品である。統合失調症も含めた精神疾患を題材としたドキュメンタリー映画はかなりの数あるが、その中でも監督自身の家族を被写体としたものはそれほど多くはないのではなかろうか。しかも本作はその家族が被写体ということもあって、20年以上という超長期間にわたる撮影が蓄積された映画なので”統合失調症患者の素顔”的な部分だけではなくて殊更に特殊なわけではなくどこにでもあり得る一家族の物語の記録という様相も呈していてそこもすごいなぁ、という部分でした。
正直20年にもわたる時間を圧縮して観せられてしまうと映画自体の出来は度外視にしてちょっと感動してしまうところはあるもん。というのもですね、本作の監督はバリバリにプロの映画監督というわけではなくて仕事をしながら映画学校に通って映像制作術を学び、恐らく最初は姉の姿を撮影するという意図は隠してホームビデオを撮ってる体で本作の撮影を始めたという感じでスタートされた作品なんですね。ま、そこら辺は元々映像関係の仕事を目指してたのかとか姉を被写体としたドキュメンタリーを撮るために映画学校に入学したのかとかは詳しくは語られていなかったのだが、ともかくよく言えばインディーズ感、ハッキリ言えば素人のホームビデオ感が漂う作品で洗練された巧いドキュメンタリー映画という感じはなかったんですね。
でもそこが良いところでもあったな。良くも悪くも素朴なホームビデオ感があるから、本作で描かれていることが遠い世界の出来事ではなくて誰にでも起こり得ることだという実感を伴っているし、その先にある映画の終盤ではちょっとウルっと涙ぐんでしまったりするのである。そこは監督と被写体が家族関係であり非常に長期間にわたってカメラを回し続けたというライブ感や、良い意味での素人感も作用しているのだと思う。
洗練された巧いドキュメンタリー映画ではない、と書いたが、そこも作品の冒頭で説明されるように本作はある一つの命題に沿って撮影され、それを浮かび上がらせるような映画にはなっていないんですよ。それというのはタイトルにあるような、なぜこうなってしまったの? ということで、もっと直接的な言い方をすれば姉が統合失調症を発症した理由は何なのかという原因の究明や、統合失調症という病気の機序やその治療法を扱ったドキュメンタリー映画ではない、ということです。
じゃあこの映画では何が描かれているんだというと、まぁ様々な角度から語ることのできる作品だとは思うが、個人的に一番重要で意義深い映画だだなと思った箇所は「医学の力すげぇ!!」ってなるところでしたね。これはちょっとしたネタバレになるかもしれないですけどね、別に起伏のある物語を楽しむ映画じゃないと思うから書いちゃうけど、監督がカメラを回し始めてからでも約20年、姉に統合失調症と思われる症状が出てからはさらにそこへプラス10年くらいの長い月日を経て彼女は入院して薬物治療を受けるのである。そこでは作中でもちゃんと注釈的に「運良く姉に合う薬が見つかったので」という前置きがあるし、本作はホームビデオ的なドキュメンタリーと言いつつもそこはやはり映画なので、編集で端折られているために具体的にどのような薬でどのような治療が行われたかまでは分からないのだが、少なくとも観客の目線ではこれはもう劇的と言うしかないほどの回復を見せるのである。
その様というのは繰り返しになるが「医学の力すげぇ!!」としか言えないものなんですよ。もちろん、もっと早く治療を受けていれば…とか思うところはあるけれど、でもでもしかし、本作を観た人が自分自身や身近な人に(統合失調症の傾向があるな…)と思うような事態に出くわしたときに本作で描かれた姉の劇的な回復を思い出したら、よし! まずは病院行くか! ってなると思うんですよね。それが小難しい理屈やなんかを抜きで分かるようになっているのでこの映画は素晴らしいですよ。これはある種の教材としては非常に価値があると思うし、中学三年生くらいの授業で必ず見せた方がいいんじゃないかなと思いますね。
だってもうそこに答えがあるじゃないですか。どうすればよかったか? ってそりゃまず第一に病院行って入院なりなんなりすればよかったんですよ。繰り返すが、注釈的に「合う薬が見つかったのので」とあるように本作の姉のケースは運が良かった面も大きくて誰でも即回復できるということはないのであろうが、しかしそれでも統合失調症、いやそれのみならずにうつ病だろうが何だろうがそれっぽい兆候を感じたらまず病院に行くべきだということは本作を観れば感じていただけるのではないかと思う。
もちろん、なんでそうならなかったのか、というところも本作では重要でそこが観る人にとって色々と意見が分かれるところではあろうとは思うのだが、何にせよそこにも明確に答えを出さないというスタイルを採っているところは良かったなと思いますね。
多くの人は、両親がクソ親だったからだろ? と思うかもしれない。斯くいう俺もそのように思う部分がなくはなかったのだが、何というかそれは善悪で分かつことができるようなことではないし、何よりも本作では人間の弱さというものが凄く感じられる作りになっていて、何だか怒りよりも切なさを感じる部分が多かった。もちろんその弱さのせいで目の前の問題を直視することができずに姉の病気を放置し続けたということは親としてはクソとしか言いようがないのだが、家に限らずにごく狭い関係性の中ではその弱さに起因する閉塞性に流されてしまうということは誰にでもあり得ることなので、俺としてはその人間の弱さに切なさを感じましたね。
統合失調症という病気自体も誰にでも起こり得ることだし、身内にその患者が出たときの周囲の反応というのも誰もがそうなる可能性がある、ということでは非常に見につまされる映画だと思う。だからこそ観る価値がある映画でもあるのだが。
しかし、それはそうと余談として人の心が無いようなことを書いてしまうが、映画の終盤で統合失調症の姉と共にある人が認知症を発症して家庭内がしっちゃかめっちゃかなとんでもない状況になった辺りは正直ちょっと笑いながら観てしまった。というのも、全盛期の松本人志はやっぱ凄かったな、この空気感をコントの中で表現してたな、と思ってしまったのである。いや本当に余談なのでこれ以上掘り下げはしないですけど…。
というわけでドキュメンタリー映画としてワイズマンやニコラ・フィリベールと比べたら流石に…というところはあるのだが、それ以上に観る価値があるとも言える作品なので機会があれば是非、ってとこですね。まぁ俺に言われなくても興味ある人はとっくに観てるか…という感じですが。
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