タマラ・ステパニャン(Tamara Stepanyan)劇長編一作目。今年はアルメニア出身の監督が大活躍する年で、その中心にいるのは間違いなくタマラ・ステパニャンだろう。新作『My Armenian Phantom』をベルリン映画祭に出したと思ったら、初の長編劇映画をロカルノ映画祭に出し、しかもオープニング作品に選ばれたのだ。物語は2021年6月、ギュムリへ向かう列車の中から始まる。列車に揺られるセリーヌは、夫アルトが半年前に自殺してしまい、諸々の手続きのために彼の出征証明書を受け取りに来たのだ。しかし、役所ではアルトと同姓同名の人物はいないと言われ、調査していくと、どうやら1994年の戦闘で軍令に背いて部下を全員死なせた後、脱走していたことが判明し云々。前半の舞台となるギュムリは1988年のアルメニア地震で崩壊した建物が未だに廃墟として存在し、遺体の収容すら出来ていないところもあるらしく、その後のソ連崩壊で国営工場も廃墟となり、どちらも再建が進んでいないらしい。セリーヌは夫の過去を探る中でギュムリに暮らす人々に出会い、共有する過去まで知っていく。その後、偶然出会ったアルシネというツアーガイド(?)の女性と共にナゴルノ・カラバフにいるアルシネの父親に会ってアルトのことを訊きに行くことになるのだが、どうにもこの主軸となる物語が弱いというかなんというか。ドキュメンタリストとしての目線が強く(アルシネが黒板に地図を描き始めたときは頭を抱えた)、異国人としての主人公を都合の良い案内役として存在させているに過ぎない場面が多すぎるのだ。しかも、なぜ戦場まで行く必要があるのかが最後までよく分からない。本当にヌルっと行くことになったので、監督が見せたいから行く、という感じに見えた。かつての戦場に残った元兵士(なぜかドゥニ・ラヴァンが演じる)に支離滅裂な話を聞くというイベントはあるが、あまりにも偶然過ぎるし、そもそも30年前の話を聞くなら別の方法があったのではないか。似たような映画として、オード・レア・ラパン『英雄は死なない』とノラ・マルティロシャン『風が吹けば』を思い出した。どちらもフランス出身の主人公がボスニア/ナゴルノ・カラバフを訪れるというものだ。前者は内戦の痕跡を辿り、後者は実際に主人公が戦場に連れていかれる。どちらもあまり出来が良いとは言い難い作品で、本作品もその轍の上にあると思う。とはいえ、本作品がそれらの作品と異なるのは、夫が封じ込めた過去(許嫁や戦争のこと)と封じ込めなかった過去(出自や両親のこと)を尊重しようとしていること、そしてDPクレール・マトン撮影の無人地帯の静かで圧倒的な美しさが戦争の虚しさを雄弁に語っていることか。それら良い部分もあったけど、マクロとミクロのバランスがあまり上手く調整できていなかったように思う。今後に期待。貴方なら出来るはず。