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Red Rocks(英題)
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『Red Rocks(英題)』に投稿された感想・評価

[子供だけで描く恋愛/ギャング映画のイデア] 70点

ブリュノ・デュモン長編13作目。いつもの北仏の寒々しい砂浜から遠く離れた南仏リヴィエラの眩しい自然光に赤い岩肌を晒す山々と青々とした海が舞台となる。しかも、ほとんど未就学児しか出てこない。物語の中心となるのはジェオ、ルーベン、マノンの悪ガキ三人組だ。三人は小型バギーで公道を爆走し、ビーチに来た観光客の車を物色し、禁止されている崖から海に飛び込む遊びをして過ごしている。ある時、Bという少年が率いる三人組の一人イヴに一目惚れしたジェオはマノンという恋人を放り出して彼女に入れ込んでいく。ジェオを見ていると『プティ・カンカン』のカンカン坊やを思い出すが、あそこまで不条理な物語というわけでもなく、実にシンプルに見える。前作『The Empire』がSF映画のイデアみたいな存在だったのに対して、本作品は恋愛映画とギャング映画のイデアみたいな存在なのだろう。特に撮影に関して興味深い点が多く、影が映り込むくらいの接写やローアングルは子供たちの視界を共有し、広角の風景ショットは彼らの小ささを世界に刻み付けるかのようだった。彼らの視界には大人がほとんど登場せず、ジェオは主人公なのに親どころか自宅すら登場しない(トレーラーハウス住みという情報だけ登場)。なので、ジェオはどこへ行くにもTシャツと海パンという同じ格好で登場するのも興味深い。肉体化された概念としての登場人物という、デュモンっぽい存在にみえる。また、接写にしたのも、子供たちに多くの台詞を喋らせない代わりに、非言語的な演技を強調したかったのだと思われる。ただ、三匹の犬と一緒にテニスの練習をする爺さんを延々と映すなどの謎シーンも多く、その意味を理解すべきなのかすら分からないままでいるし、子供だけという設定が足枷になって自由度を失っているようにも見える。

追記
子供たち、浜辺、断崖ということで、Arūnas Žebriūnas & Regina Vosyliūtė『The Girl and the Echo』を思い出していた。中身は全然違うけど。
4.1
【もしも、ブリュノ・デュモンがテレタビーズを撮ったなら?】
カンヌ監督週間にブリュノ・デュモンの新作『Red Rocks』が選出された。今回のブリュノ・デュモンは幼児版「ロミオとジュリエット」だ的な噂を聞いていたのだが、ふたを開けたらどちらかというと《テレタビーズ》のような気がした。

ブリュノ・デュモンはロケーションの選定と俳優未経験であろう存在を映画の顔として輝かせるに長けている。それは衰え知らずであり、流紋岩による赤み帯びた岩々が特徴的なエステレル山塊と緑とのコントラストの中で「ロミオとジュリエット」たる対立が描かれる。ただし、我々が想定する幼児版「ロミオとジュリエット」とは異なる。確かに薄ら恋愛関係を描いているけれども、高い岩山から海へ飛び込むといった遊びによる対立が大きいように思える。ただ、殴り合いの喧嘩は発生しておらず、単にガンを飛ばしたり、目の前で煽ったりする程度に留まっているので、幼年期の純粋な有り余る体力と遊びへの欲望に振り切れているように思える。故にどちらかというとテレタビーズを観ているかのような、幼児の無軌道な遊びを受容する感覚に近い。

ブリュノ・デュモン監督はプリミティブな子どもの遊びの中で巧みに裏切りのショットを挿入していく。例えば、ビーチで少女が振り返りカメラの方へと向かう。しかし、彼女はカメラに目線を向けることはない。微妙に外している。その先にはチワワがいて、チワワはワンワンと彼女の方へ向かっていく素ぶりを見せる。少女=チワワの関係性を提示しているのかと思いきや、主人公と女の群へと歩み寄り、彼を奪う。この裏切りをいとも簡単にやってのけるのだ。

水中への飛び込みや、溺れそうになりながら泳ぐ子どもたちからは生と死の宙吊りが感じ取れ、底抜けに明るい世界でありながらどこか不気味なものがある。『プティ・カンカン』シリーズをはじめ、近年のブリュノ・デュモンは既存の物語形態を脱構築する作家として技法を確立させてきたように思える。小さい作品でありながら、依然としてパワフルでイカれていたのであった。