イルーナ

パルムの樹のイルーナのレビュー・感想・評価

パルムの樹(2002年製作の映画)
4.3
この作品の予告を見たときは衝撃を受けました。
植物を世界の根幹に絡めた、ノスタルジックさと生命力と不気味さを両立した幻想的な世界観。オンド・マルトノという、聞きなれない楽器による音楽。「ぼくは、なぜ生まれてきたんだろう?」「愛を知らない人間と、愛された記憶しかないロボット・パルムの、感動の旅が始まる」という売り文句。
世界観といいテーマと言い、ピンポイントで狙ったとしか思えないくらい、私の好みド直球だったのです。
特に「自分の存在意義を探し求める話」は、『ミュウツーの逆襲』をリアタイで観て感動した私にとってはガン刺さりでした。
そのため、「これは絶対観に行かないと!」と切望したのですが……
まず上映されてる場所がろくにない。おまけにようやく上映館を見つけても、館内はガラガラ。
おかげで公開からそれなりに経過していたにも関わらず配布されたセル画を入手できましたが、嫌な予感が漂う。
そして満を持して作品を観ると、確かに忘れられない作品になりました……色々な意味で。

まずよく指摘されるのが、「今を生きる子供たちと、全ての親に贈る冒険ファンタジー」という触れ込みなのに、とにかく視覚的にも精神的にもエグい描写が非常に多いということ。
パルムの手足がちぎれる、血まみれになる、全身から蔓が生えてきて動けなくなる……
これだけでも相当キツいですが、主人公パルムのあまりの精神不安定っぷりが観る者の恐怖をかきたてる。
前半では「心を病んだシアンの支えとなるべく生まれた」というアイデンティティを喪失しているせいで、本当に空っぽの状態。
空飛ぶ魚をボロボロになりながら追うシーンはゾンビ状態と言っても過言でないし、ポポをシアンと勘違いして詰め寄るシーンは完全にホラーとして演出されている。
後半ではポポという新たなアイデンティティを得て、これから成長していくんだな!と思いきや、人間でないことへのコンプレックスをこじらせていき、どんどん道を踏み外していく。
監督自身最も重要なシーンと語っていたアグリ(鹿のような生き物)殺しのシーンは強さへの憧れや好奇心が最悪の形で現れたとしか言いようがなく、殺してしまった後の「やっちまった感」が、本当に……
しかも犠牲となったアグリ、その日の昼間に猛獣に襲われていたところを助けたといういきさつがあるから、なおさらキツい。
「無邪気さ」「純真さ」の負の面をこれでもかと突きつけてくる、と言っても過言ではないです。
他の登場人物も、かつて有名なダンサーだった母から妬まれ邪険に扱われるポポ。母に捨てられながらも、孤児たちをまとめて窃盗団を結成したシャタ。女の子という理由で父から虐待を受けながらも、父に認められることを死んでも諦められないシャタの母コーラム……など、ほぼ全員が重い過去や闇を抱えている状態。
これ、本当にファミリー向けか……?公開された当時のネットでは酷評意見しか見かけませんでした。
予告ではパルムの暗黒面をほぼ完璧に隠しきっていたから、余計にショックを受けた人が多いと思われます。

さらに追い打ちをかけるように、この映画、とにかく細かい設定や情報が非常に多い。
元々テレビシリーズとして企画された作品だったというのもあってか、固有名詞がやたら多い。初見で世界観を把握出来た人が一体どれだけいるのか?
重要アイテムのトートの卵も、扱いが二転三転するから混乱した人も少なくないと思われます。
登場人物のバックグラウンドもパンフで語られるのみ。
おかげで、本作で割としっかりしたレビューを書いている人すら、設定については大間違いをしているケースをよく見かけました。

……と、ここまで聞くと色々キツすぎじゃないか?という感じですが、観た人に忘れがたいインパクトを与えただけあって、作り手のエネルギーの凄さはひしひしと感じられます。
中身の残酷さとは裏腹に、温かみのある色や、透明感のある深い青を基調とした色彩。
ある時は絵本のように、またある時は心の奥深くに潜り込むようであったり。
シアンが探し求めたクロスカーラは青く光り輝き、刺激を与えると鈴のような音を出す。本作の神秘性を象徴する存在の一つです。
他にも、人跡未踏の天上世界にあると言われる、万物の源となるエネルギーを秘めたトートの卵。
地底に文明を授けた巨木ソーマ、生まれたばかりの天使のような姿のソーマの実、ラーラ……
とにかく本作はストーリーもさることながら、それを彩るものも神話性に満ちている。

また、本作の重要な点が「救済」のテーマ。
作中の主要人物で、唯一愛された経験を持っていたパルムはその愛を分け与えることによって、コーラムを救済。親子2代にわたる悲劇を終わらせた。
パルム自身もまた、「何もできなくてもいいの。そばにいるだけで。ここにいるだけで」という、自身の存在をすべて肯定してくれるポポの言葉で、人間になりたいという執着から救われている。
小説版では「この姿であり続けるのは苦しかったんだね。本当は樹に戻りたかったんだね」的なセリフもあるのでなおさら。
人間にならなくても、心の大切さに気づけたパルムと、人間の姿を持ちながらも、借り物の魂しか得られずソーマと運命を共にするラーラ。実に対照的です。
シアンの故郷に根を下ろしたパルムは、自身の素材となったクルップの樹とは違う美しい樹となって、大きな愛でポポたちを見守る存在となる。
心の奥に秘めた暗い感情や複雑な思い、報われなかった過去。親から与えられなかった愛情。しかしその親たちもまた葛藤している……
巷ではトラウマ映画と呼ばれていますが、実はそれらがすべて救済されるという結末。
それまでの重い展開や、地底世界の閉塞感があっただけに、EDの解放感は素晴らしいカタルシス!

尖った作風ゆえにハードルは高く、安易に勧めづらい作品ですが、観終わった後確実に心に何かが残る作品だと思います。
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