垂直落下式サミング

ファンタジアの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ファンタジア(1940年製作の映画)
5.0
ディズニーランドのミッキーの家で写真を撮ってもらったのが魔法使いミッキーだったので、そいつが出てくる『魔法使いの弟子』をみるためにレンタルした。
ディズニー初期の劇場アニメ作品で、7つの短編で構成されているオムニバスの長編アニメーションだ。
みてみると、ミッキーマウスが登場する『魔法使いの弟子』は他と比べると比較的軽めの話であることがわかった。というか、寄席の幕間の漫才とか大道芸のような、ヘビーな見世物のあいだに口を潤す清涼剤のような役割を担っているようで、どちらにしろ重要度としてはさほど高くない。
面白いのは、神話や魔法などのファンタジーの要素と、当時としては最新の学説を取り入れた科学を織りまぜていて、それを最高のアニメーション技術で表現している点だ。
ミッキーが箒と戯れたあとの『春の祭典』が科学的姿勢の表れで、かつて支配的だった創造論的視点からはなれて、動物変異論を肯定する学説をもとにして地球の誕生と生物の進化が描かれる。
原初の地球がマグマを混ぜ返しながら地表と海を形作っていく様子、そこにごく小さな微生物が生まれ、水性生物として多用な進化をし、やがては一匹の魚が陸に上がって恐竜になる。ここから、種の絶滅までをアニメーションと音だけで描ききる。
ここでのプテラノドンの描かれ方は、両翼を羽ばたかせるのではなく大きく広げてグライダーのように滑空するするようにして空を飛んでおり、我々が知っている恐竜の知識と照らし合わせても遜色ないほどに、当時としてはかなり正確に太古の生物の生態をとらえている。『ジュラシックワールド』ですら翼竜は羽ばたいているが、これは映画の嘘の部分だ。プテラノドン級ともなると、下手にバサバサと羽ばたくと骨が折れるサイズなので、本当はムササビのように滑空するのが正しい。
やはりショッキングなのは絶滅の場面 。食い食われる関係だったはずの草食恐竜と肉食恐竜が水を求めて、地平線まで列をなして焼け付くような太陽のもと、干からびた砂漠を歩いて、一匹、また一匹と餓死していく、そして今ではみな滅びて化石になったという、栄華を極めた巨大生物の進化が行きついた末を映像と音楽だけで語り切っている。まさしく言葉に依存しないハードボイルドの世界だ。
一番最後のムソルグスキーとシューベルトの二曲が合わさった最終章の映像も有名だろう。魔女や妖怪が巨大な大魔王のもとに集合して邪悪さを撒き散らす『はげ山の一夜』、聖なる夜明けにとともに松明を持つ行列がどこまでも続く『アヴェ・マリア』、そして日が暮れ世界にまた闇夜がおとずれるという聖と邪の対立とその円環を表現した壮大なストーリーである。
優厳なオーケストラサウンドとともにアーティスティックに描かれた映像は、今みても凄まじい。アニメ表現の比類なき豊かさを備えた名作だろう。