なんだそいつぶっ飛ばせ

ギルバート・グレイプのなんだそいつぶっ飛ばせのネタバレレビュー・内容・結末

ギルバート・グレイプ(1993年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

もうこれ以上いい映画はないんだろうと思わせてくれる、綺麗事じゃない希望の見えない伝説級の映画。

ー音楽のないダンスのような街
そんな表現出来る?というところから誰しもが引き込まれて物語が始まる。

・水槽の中のロブスターのような男
ギルバートはもちろん凄い人格者なんだけど(付き合ってる友人からも分かる)、どこか自分に諦めてアーニーと母親の面倒を見る。彼が感情を表に出すことは滅多にない。それはきっと自由を奪われて、他人を優先する生き方を続けてきたからだろう。ベッキーに感情を表に出さなかった父親の話をした時に「そういう人知ってる」と言うわれてキスをされる。彼は救われた違いない。彼は生きる意味があるのだ。不倫のシーンは重要な役割を果たす。彼の性格上、断れない人間ということはもちろん分かるが、それでも一回り以上離れた女と不貞を働くと言うのは理解し難い(誤解を恐れずに言えば異常行動)。だが、これは母親からの愛情を真っ直ぐに受けられなかった拗れから来ているのではと考える。それもまた、彼の環境の不遇さを表している。ギルバートが逃亡し、アニーがベッキーの家に行ってしまった時に、遠くからその様子を見つめるギルバート。ベッキーはあくまでも刹那的に彼を受け止めるのだが、ギルバートからして見れば永遠なのだ。アニーとずっと一緒なのだ。

・エンジンが治るまでの恋人
ベッキーを象徴するシーンとして、ギルバートが初めて配達した1幕が挙げられる。アニーが配達物を落としてしまった時に必死に謝るギルバートに「謝らないで、彼もきっと悪いと思ってないわ。ねえ?だから謝らないで」と。ギルバートは周りにアニーが迷惑をかける度に、頭を下げてきた訳だが、ベッキーからしてみれば、アニーは悪いことをしようと思ってやっている訳では無いということだ。今でこそ知的障がい者に対しての理解が進んできているが(これはあくまでも一般論である)当時にベッキーのような達観した考えを持てるのは彼女だからだろう。大きいなんて言葉空には小さすぎる。その言葉の後に自分の家が小さく見えたギルバートの顔が忘れられない。
・奇跡の子
言われ尽くされているだろうが、ディカプリオが本当に……すごい。もちろんジョニーデップも。殴られた時の顔、その後に再開した時の顔、母親が死んでしまった時の顔、本気で喜ぶ顔。全てが愛おしいし儚くて、抱きしめたくなる。
・街の笑われもの
旦那の自殺をきっかけに塞ぎ込んでしまった母親。ギルバートへの当たり方は見るに堪えない。本当に酷いと思うし、腹が立つ。正直早いところ施設に入れるべきだった、それほどに重症。ただ本当にいい子供たちに育てた。それだけだと思う。立派ではあるが。アニーを迎えに行く時に、ついに重い腰を上げる。行く時に車が傾いていて、少し笑いそうになるくらいの演出だった(希望が見えたから)のに、街のみんなに笑われて見世物にされた後にもう一度車が傾いたシーンでは泣きそうになる。何だこの演出は……

1番泣いたシーンはパーティでギルバートがアニーを探すシーン。本当に嗚咽するくらい泣いた。あれは映画史上に残る名シーンだ。床が悲鳴をあげて家が壊れそうとかいう皮肉も嫌味なく素直に入ってきた。

ただ、この映画の凄いところは最後までアニーから離れられないということだ。ギルバートの感情は抜きにして、残酷である。バットエンドに見せかけた、ハッピーエンドに見せかけた、その後のエンドはギルバートが決めることだ。