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英国王給仕人に乾杯!の一人旅のレビュー・感想・評価

英国王給仕人に乾杯!(2006年製作の映画)
5.0
イジー・メンツェル監督作。

給仕人として生き抜いたチェコ人の男の半生を描いたドラマ。

『厳重に監視された列車』(1966)『つながれたヒバリ』(1969)『スイート・スイート・ビレッジ』(1985)のチェコの巨匠イジー・メンツェル監督によるコメディタッチの人生ドラマの秀作。原作はメンツェル監督の盟友でありチェコ文学の代表的作家ボフミル・フラバルの小説「私は英国王に給仕した」で、メンツェルによるフラバル原作の映画化は本作で6作目となります。

20世紀激動のチェコ現代史を背景にした人生ドラマです。1963年、共産主義体制下のチェコの刑務所から出獄した初老の小男ヤン・ジーチェがズデーテン地方の山中にある廃屋で、給仕人として生きた自身の人生を回想形式で語っていきます。まず始めに田舎町のホテル「黄金のプラハ」で給仕人としての人生をスタートさせ、高級娼館「チホタ荘」に転職し、やがてプラハにある最高級ホテル「ホテル・パリ」で給仕人として働くことになるヤンの変転の人生を、行く先々で出逢う女性との愛を織り交ぜながら描き出しています。20世紀チェコの激動の歴史を物語に組み入れた作劇でもあります。1938年、ナチス・ドイツによるズデーテン地方の占領・併合によって街の風景はナチス一色となります。ヤンが働くレストランの客層も地元客・観光客からナチス将校へと変わり、母国チェコに誇りを持つベテラン給仕長は自身の振る舞いが災いし悲劇的末路を迎えてしまうのです。そして、物語はドイツ敗戦後の1948年にまで及びます。ドイツによるチェコ支配の終焉を迎えたかと思えば、ソ連の影響下で国内に共産主義政権が成立し、経済的な成功者となっているヤンの人生にまたしても暗い影が落とされていくのです。戦争に革命にと強国の思惑に振り回されてきた小国チェコにおいて、誇り高き給仕人として生き、そして愛する女性の為に生き抜いたヤンの浮き沈みの激しい波乱の半生を、ユーモアとペーソスをない交ぜに綴った人間賛歌的人生ドラマであります。

チホタ荘改めナチスの「優生学研究所」で全裸のドイツ女性の一群が優雅に水遊びをするシーンや、料理を落とした主任給仕が発狂して客のテーブルをひっくり返して立ち去るシーン、エチオピアの皇帝が主催する正餐会のシーン、ヤンとセックス中のドイツ娘がヤンではなく壁に飾ったヒトラーの肖像画を一心に見つめるシーンなど、シュールなユーモアと健康的エロティシズム溢れるシーンが豊富です。

主演のイヴァン・バルネフはブルガリア出身。とぼけた表情が味わい深い名演を魅せてくれます。主人公の人生の師となるユダヤ人行商人には『スイート・スイート・ビレッジ』のマリアン・ラブダが扮しています。ちなみにメンツェル監督の親友であり『コンフィデンス/信頼』(1979)や『メフィスト』(1981)を撮ったハンガリーの巨匠イシュトヴァン・サボーが主人公の憧れる百万長者の一人として特別出演しているようですが、全く気づきませんでした…。
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