幌舞さば緒

まほろ駅前多田便利軒の幌舞さば緒のネタバレレビュー・内容・結末

まほろ駅前多田便利軒(2011年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

自分のような育ちの人間だったらやらないような働き方が、自分のような人間が禁煙しない理由が、この作品に描かれている気がする。僕はまだ当分の間、誰かが運転する車に横乗りして金を稼ぎ、ワンカップ片手にハイライトを吸い続けるだろう。それを一生続けるかもしれないし、結局のところそんなもん。


台詞メモ

〈まほろは東京都から神奈川県を突き出るようにある街だ。都会ではないけれど、田舎とも言えない。海から遠いが、山間部でもない。何故か天気予報が大抵外れる。この街には人も物も流行りも最後に流れ着く。まほろで生まれた人は、まほろから出ていかない。まれにまほろを出た人も、いずれまほろに舞い戻る。揺り籠から墓場までここで一生を過ごす。今、俺はまほろ駅前で便利屋をやってる。結構真面目に。まほろ駅から走って1分。歩いて3分〉

「煙草ちょうだい。…ラッキーストライク。これ多田の犬?」「ああ」「へー。似合わないね。…あー、俺が誰だか分からない?」「いや、覚えてる。行天。行天春彦だろ」「ピンポーン。まほろ中の同級生。こんなところで何してんの?」「お前は?」「んー、実家に寄った帰り」「バスもうないぞ」「うん、知ってる。あんたの犬抱いてたから終バス見送った」「変わったな行天」「あんたほどじゃない」「駅まで送る」包丁

★「でも多田って名字は商売に向かないんじゃない?〝便利屋さん、多田なんだからタダにしてよ〟とか言われない?なんで〝多田便利屋〟じゃなくて〝多田便利軒〟にしたの?語呂が悪いから?まあ…〝便利屋多田〟だと、やっぱ〝便利屋タダ〟みたいだしね」「行天…」「何?」「駅に着くまで黙っててくれ」「うん、でもその前に俺の頼みを聞いてほしい」「なんだよ」「今晩泊めてくれ」「断る」「そう…。こういう寒い夜は小指がちぎれそうに痛むんだ」

「サンキュー。あー…さっきのは冗談。小指はもうなんともない」

「お人好しだね。追いかけてくるとは思わなかった」「今晩だけだぞ」

「多田が便利屋とは意外だなあ。あんた要領よく大学出た後、堅実な会社に入って、料理がうまい女と割と早めに結婚して、娘には〝おやじマジうぜえ〟とか煙たがれながらも、まあまあ幸せな家庭を築いて、奥さんと子供と孫4人に囲まれて死んで、遺産は建て替え時期を迫った郊外の一軒家…って感じの暮らしをするんじゃないかと思った」「要領よく大学出て、要領よく会社に入った。でも結婚した相手は別れるまで料理が下手なままだった」「子供は?」「…よく喋るなあ。中学の時とは大違いだ」「俺も結婚してた。子供もいるよ。今2歳くらい。女の子だったかな」「覚えてないのか?」「会ったことないんだ」

「こんな小ちゃいの締め殺してゴミの日に出してもバレないよ」「本気で言ってんのか?」「頼んだ人もそれを期待したんじゃないの?」

「あんたの母親は嘘をついて、このオジさんにチワワを押しつけて逃げたんだ」「俺は君のお母さんからハナちゃんを預かった。でも、ハナを飼っていたのはお母さんじゃなくて君だろ?君がどう思ってるかを俺は知りたい。飼いたいなら俺がお母さんに頼んでもいいよ」「ハナちゃんを飼ってくれる優しい人を探して」「ひとつ聞いてもいい?ハナちゃん、いつもこうやって震えてた?」「震えているの。小さいけど精一杯生きてるからだって。ママが言ってた」「まほろに来ることがあったら電話して。優しい飼い主探すからね」「ありがとう」「多田、このチャリどうすんの?」「あ、私の自転車」「まだ新しいから持ってきた」「ありがとう」「お母さんには正直に言っていいからね。自転車のこともチワワのことも」「うん。…ごめんね、ハナ」「チワワはひとまず決着…あとはお前だ」「よし、帰ろ」「どこに、なんで」「じゃあ俺のことは捨てちゃうの?帰りは俺が運転するよ」「靴を返せ」

★「チワワくれるなら…別れる!」「ふざけんなあ!」「ふざけてんのはアンタだろ?今度この人に近づいたら目を焼く。絶対」「分かった…熱いから…今日はこんくらいにしといてやるからな」

★「あの部屋で飼ってたらチワワの餌に白い粉入るぞ」「多田、犬はね、必要する人に飼われるのが1番幸せなんだよ」「チワワがそう言ったのか?」

★「あ、木蓮…アンタにとってチワワは義務だったでしょ?でも、あのコロンビア人には違う。チワワは希望だよ。誰かに必要とされるってことは、誰かの希望になるってことでしょ?」「最後にご馳走してやろっか、1番高い缶詰め」「悪くないね」

★「ねえ多田、そろそろ働いた方がいいよ。ずっと謎だったんだけど、あんた本気で呑気だよね。普通はもうちょっと営業かけるとか、広告うつとか、チラシ配るとかするもんじゃない?」「お前が言うな!いっつも寝てばっかいるくせに」

★「思うんだけど、最近俺たち会話すくなくない?」「そうか?じゃあ言うけど、仕事中に子供とDVD見るのやめてくれ」「え、ネロが…」「うるさい」

★「見つけたよ」「痛えよ!」「裏口から出たんだって」「手間をかけさせないでいただけますか?」「俺は迎いなんて頼んでない」「さあ帰るぞ、ゆら公」「なんだよゆら公って」「行くぞ」「これん乗んの?俺やだよ」「なぜだ」「ダセェもん」「働く車の格好良さが分からんとはまだガキだな」

★「遅くまで大変だな。行きはバスか?」「そうだよ」「ゆら公、勉強して何になりたいんだ?」「少なくとも便利屋じゃないことは確かだね」「可愛くねえガキ!」

★「母さんは俺を心配してるんじゃないよ。俺に興味なんかないんだから。塾の送り迎えやってるウチはお金持ちだから。ウチだってそれくらいできるお金あるってこと見せたいだけだよ」「子供の前で煙草やめようとか、そういう気遣いはないわけ?」「ないね。美しい肺を煙で汚してしまえ。それが生きるということだ」「バッカみたい」「犬のアニメどこまで進んだ?」「ジジイが死んだ」「じゃもうすぐ終わりだね。好きなとこあった?」「ネロに親がいないところ」「ふーん」

★「お前、自分のガキに会ったことないって言ったな」「うん、種付けしただけだから」「最悪だなお前」「俺も思ったことあるよ。あのアニメで〝親がいないってなんて素晴らしいんだろう〟って」「ルーベンスの絵の前で死ぬはめになってもか?」「あれはハッピーエンドでしょ」「ふざけんなよ…」「ふざけてないけど」「どうして子供が死んでハッピーエンドなんだ?お前もゆら公の母親もいい加減にしろよ。子供には親の愛情が必要なんだ」「でも、親の愛情なく育つ子供もいるよ」

★「こいつ甘いの大好きみたい。糖尿病になっちゃうよ?」「安心しろ、砂糖じゃないから」「うん、知ってる。いいの?ほっといて」「バカなガキとは深く関わりたくない」

★「うーん、今忙しいから今日は無理。それに子供の依頼受けてないし。あれ、切れた」「今日の俺たちのどのへんが忙しいんだ?」「深く関わりたくないって言ったのはあんたでしょ?」「頼まれた仕事は極力引き受ける。それが多田便利軒だ」「熱が下がらないんだって。代わりにバスに乗ってくれとか言ってたけど」

★「…なんじゃあこりゃああ!」「誰?全然似てない」「誰でもない、正直な気持ちだ」

「助けてって言ってみな。多田が助けてくれるよ、お節介だから」「…助けて」「順を追って話してみろ」

「餃子、食べていい?」「食え!」「すごい!美味しい!」「オヤジ、餃子もう一枚」

★「もしもし星さん?糖尿病になったんですけど薬のことでちょっとご相談が…ふざけてます。いや、ふざけてません。星さんこそ、うちの軽トラのガラス氷砂糖みたいにしたでしょう?あれ、切られた。砂糖は俺が持ってるんですよ。もちろんです。あの子から手を引いてくれたら残りの砂糖はきちんとお返ししますから。警察に告げ口しちゃうかもしれません。あれ、また切られた。これどこ行くの?」「え?飛行機見ようかと思って」「なんで?」「好きなんだよ」「なんで?」「え?」

「駅前通りの〝いろり屋〟分かります?明日の昼そこで…のり弁18こと、しゃけ弁23こ買ってください」「多すぎw」「砂糖は一緒に渡します」「分かった。これからも仲良くしたいもんだなあ、便利屋」「ほんとですね、さよなら」「これであのガキは助かるけど、他にもいっぱいいんじゃない?」「そこまで面倒見られるかよ」「あんたは正義の味方にはなれないね」「いいんだ。俺は便利屋なんだから」

★「親が最初からいないのと、親に無視され続けられるのと、どっちがマシかってことだよ」「ゆら公、お前あのアニメ、ハッピーエンドだと思うか?」「思わないよ。だって死んじゃうから」「俺も思わない。死んだら全部終わりだからなあ」「生きてればやり直せるって言いたいの?」「いや、やり直せることなんかほとんどない。いくら期待してもお前の親が、お前の望む形で愛してくれることはないと思う」「そうだろうね…」「聞けよ由良。だけど、誰かを愛することはできる。自分に与えられなかったものを、お前は新しく誰かに与えることはできるんだ。生きてればいつまでだって。分かるか?」〈ゆら、お前にはああ言ったけど、俺はまだダメなんだ。誰にも何も与えることができない〉

「彼は子供が怖いんです。自分が子供の時に痛めつけられ、傷つけられたことをずっと忘れられずにいる人だから」

「行天、なんの仕事してたんですか?」「製薬会社の営業でした。病院を回って血液採取の同意を患者さんからもらう係です。私は内科医をしていまして、春ちゃんに会いました。しばらくして私たちは結婚しました」

「この子は人工授精でできた子です」

「私にはずっと一緒に暮らしている同性のパートナーがいます」「同性愛ってことですか?」「春ちゃんは事情を全部知ったうえで協力してくれると言いました」

「春ちゃんは結婚してくれて、精子を提供してくれました。そして、産休をとってる間に契約通り離婚しました。それから一度も会っていません。でも、毎月お金だけは送られてきます。そんなことしなくていいと何度も電話で言ったのに〝うん〟って笑うだけです」

★「ある時、どこで調べたのか春ちゃんのご両親から電話がありました。〝ハルを引き取りたい〟と言うのです。ハルはこの子の名前です。春ちゃんのハルです。それで、困った私は春ちゃんに相談すると〝分かった。俺からよく言っとくから凪子さんは心配しないで〟と言いました。でも私、ハッとしました。取り返しのつかないことになっていたらどうしようって思って。春ちゃんはよく言っていたの。〝親に虐待されて死ぬ子供はいっぱいいるのに、虐待した親を殺す子供があんまりいないのはなんでかな〟って。多田さんと会った時、春ちゃんは自分のご両親を殺そうとしていたのかもしれません。春ちゃんのおかげでこの子がいます。気が向いたら電話してほしいと春ちゃんに伝えてください」「はい、少しだけアイツのことが分かった気がします」「それからもう一つ、〝恐ろしいところに行かないで〟と。さよなら」

★「あんた、ちょっとまほろから離れてなよ」「あんたはどうすんの?山下マジでやばいよ」「あいつがハデな事件かなんか起こして捕まれば安心じゃない?」「なんで?なんでそこまでするの?」「んー、あんたになんかあると、チワワの飼い主がルルだけになっちゃうでしょ?そしたら餌にしんちゃんの白い粉が入って、俺が多田に怒られるんだよ」

「ねえ多田、山下くん生きてるかな。生きてたら山下くん、お母さんとやり直せるかな」「…ふざけんな」「ふざけてないけど」「お前、立派だよ。自分を刺した男の幸せか?ふざけんな!お前、凪子さんに連絡してないだろ?お前のことほんとに心配してたぞ!そういう人に電話できないで何が山下だよ。なんか言えよ。俺が言ってやるよ。お前は何も持ってないように振る舞ってる。でも本当は違う!持ってないフリして、お前は全部持ってる。お前を大切に思う人も、お前と血が繋がってる子供も!なのに何も持ってないと思ってるお前は傲慢で無神経だ!」「そうかもしれないね。あんたの言う通りだ。でもね、俺も知りたいんだ。人はどこまでやり直せるのか」

「どうしたの?煙草買いにきただけだよ」「聞いたろ?俺、子供がいたんだ」「喉乾いたね。酒まだあった?」

「生まれた時ほんとに嬉しかった。俺に似てると思ったよ。すべてを許せた。神様にまで感謝した。だけど、産後すぐのベッドの中で彼女が言うんだ〝DNA鑑定しよう〟って。何それ?頭ん中もう真っ白だよ。だって、俺の子だって言ったし…いや、もう俺の子じゃなくても良かったんだよ。そう思えてればほんとに自分の子に思えたんだ。だから俺、同意しなかった。もし、DNA鑑定なんかして〝あなたの子じゃないって証明されました〟なんて言われたら俺どうしたらいいんだよ。俺は…生まれた子をただただ愛してたんだ。この子は俺の子だ。これでいい、このままがいいと願ったよ…でも、突然死んだ。夜中に熱出て。俺が見てた。いつの間にか眠っちゃってて。気づいた時もう冷たかった。それから半年で別れた」「何回も言われたと思うけど、俺は言うよ。あんたは悪くない。小指触ってみな。傷は塞がってるでしょ。今はちょっと冷たいけど、触ってればじきに温もってくる」「…やめろ」「あんたゆら公に言ったじゃないか。生きてれば何度でもチャンスはあるって」「俺だって許されたい。彼女を許したい。忘れたい。でも無理だ。行天、朝になったら出てってくれないか?」

「多田さん、知ってること言えよ。あんた見てると腹が立つんです。便利屋なんかやって、ちょこっと感謝されて、人助けのつもりですか?いい気になるなよ。多田さん、人を助けても自分を救うことにはならないよ。私なんかこの仕事長いけどさ、人なんかほとんど救えないよ。きついんだよ。だから、救えない時どうするかなんだよ。ああ、山下の母親が泣いて喜んでたよ。血の繋がりもないのに、あんなクズでも誰かに必要とされてるんですわ」

「おい便利屋、元気ないな。笑え!笑う門には福がくる!笑え!」

「バスもうないぞ」「うん、知ってる」「帰るぞ行天」「ん?」「多田便利軒は只今アルバイト募集中だ」「なんで?」「行くぞ」
幌舞さば緒

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