くりふ

イレイザーヘッドのくりふのレビュー・感想・評価

イレイザーヘッド(1976年製作の映画)
4.0
【マリッジ&マタニティ・ブラック】

キモチ悪い映画で新年を、と思って久しぶりに再見。やっぱり面白い!フィラデルフィアの工場地帯に、何年も籠ったのちに産み落とした、デヴィッド・リンチの長編デビュー作。自身の心象をここまで視覚化する妄想力に脱帽。

DVDのインタビューで、制作動機は忘れた、などとトボけるリンチも見ましたが、まだ学生なのに、できちゃった婚せねばならず、娘も産まれて…という当時の状況、その不安定な心の有様が反映しているのは明らかだろうし、そのことを知らずとも、骨組は単純なものだと思います。望んでいないものに急襲され、翻弄される男のお話。主人公のあの髪型は、ギャグ漫画のオチみたいに爆発する運命なのに、だらだらとオチない状態が続くのを、視覚的に暗示している気がします(…なんてな)。

本作について分析するような発言を、リンチ本人は頑なに拒んでいるようですが、自作だという宣伝コピーはとても明確です。「A dream of Dark and troubling things」。レバーひとつで操作され、主人公ヘンリーは夢精する。そしてあり得ぬ妊娠騒動。工場地帯という環境で生きる中、運命までもが機械化されたよう。男にとってのマリッジ&マタニティ・ブルー、そして育児ノイローゼが一気にやって来る。そんなボクシング・ヘンリーな泥沼の中、彼が求めたものは…?

お話の基は単純でも、あちこち飛躍する「よそ見イメージ」に、一見脈絡がないので、そこにつき合えるか否かで、感じる面白さがまるで変わってしまうと思います。私自身も何じゃこら、と感じるところがけっこうあるのですが、その一方、リンチ作品の被写界深度は深いと思っているので、おおむね遊べちゃいますね。作った本人にはよそ見でなく、逸れずに終始ピントは合ってる、という確信がある。みていて無邪気だなあ、と苦笑しつつも、心はどこかでOK出してます。本作の後「火星から来たJ・スチュワート」と評されますが、宇宙人の作る映画じゃ仕方ない。

『グランドマザー』からありましたが、本作で母性が欠落したような女性像が明確化し、この後、よく出てきますね。リンチは母性に興味がなさそう。時に嫌ってもいるようで。そのせいなのかリンチ作品には、親から胎生で産まれるという経緯なく生じた人物… とでもいうようなヘンなひとを、あちこちで見かけます。やっぱり宇宙人なのか。

本作は「ミッドナイトムービー」化してから、じわじわファンを獲得したそうですね。同時上映がスーザン・ピットの短編アニメ『アスパラガス』だったそうですが、こちらも宇宙人系。2本を続けてみたら、アブダクトされたような悪夢に浸れそうです。

作品からは外れますが、本作のフリークス・ベイビーがリンチの子供を描いているなら、それはジェニファー・リンチってことになりますが、そのことを知った時、彼女はどんな気持ちになったのでしょう? 包帯に閉じられたアレが、自分だなんて。『ボクシング・ヘレナ』を撮った時、シェリリン・フェンを同じ姿にしたのは、父にかけられた映画の呪いを、彼女をヒトガタにして封じようとしたのでしょうか? (笑) ジェニファーの新作、久々に公開されますが、それより蛇女映画の方を早くみたいです。

<2010.1.21記>
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