色々と強烈な映画だった。
公開当時はどういう見方されていたのかはちょっと分からないけどフェミニズムの敗北がテーマなのかなと思った。
ウィーンの国立音楽大学のピアノ教授であるエリカ。いつも服の柄が派手だの歳を考えろだのとかなり過干渉な母親と二人暮らし。
そんなピアノのレッスンと自宅の往復だけを繰り返すエリカの息抜きは帰宅前3時間の”お散歩”
お散歩の行き先はアダルトDVD(時代的にVHSか)鑑賞BOX(金太郎とか花太郎的な)でのAV鑑賞と前の客が残したゴミ箱のティッシュスーハーやドライブインシアターでいちゃついてるカップルを覗きながらの放尿など書いていて嫌になるような倒錯した行動。
こうしたエリカの行動はとても男性的と言える。
また自宅での母との関係も口喧嘩(時には手が出たり)が絶えず、エリカは自分で生活する経済力もありそうなのに何故母親との同居を続けているんだろうと不思議に思える。
それでもエリカは家賃も払い、母とシングルベッドをくっつけてまるでダブルベッドのようにしたベッドで二人で眠る。
これはエリカを娘ではなくて夫としてみると結構自然な夫婦の姿に見える。
最初母娘二人の関係はブラックスワンの母娘に似てるなと思って観てたけどエリカの役割はブラックスワンのニナとは大分違っていた。
ニナは母親の期待に応え続ける為に良い子であり続けていた。
エリカは精神疾患で亡くなった父親役を演じているように見える。
エリカの母は家の中では口うるさいけど外で自分が蚊帳の外だと意外に静か。この家でのイニシアチブはやっぱりエリカが握っている。
そんな日々に風穴を開けてきたのが美青年ワルター。スポーツも出来て友達も多く性格も良い陽キャなワルターに迫られて今まで恋愛経験すらない年季の入った処女エリカは戸惑いつつも鉄の無表情で冷たく対応するしか出来ない。
ワルターを演じるブノア・マジメルがめちゃくちゃ美青年。瞳が紫ががったブルーで吸い込まれそう🫐
“僕たちはナットとボルトだ!”なんて結構直接的な言い方で迫ってる所からしてワルターは歳上のピアノ教師とのちょっと危険な恋がしたかっただけかもしれないし、お堅そうなエリカを落とすのが目的だったのかもしれない。
エリカの生徒アンナが演奏会のプレッシャーとエリカの追い打ちをかけるような言葉で泣いて演奏出来なくなってしまった時に優しくアンナをサポートするワルター。それに嫉妬と支配欲が刺激されてトイレのシーンに繋がる。
エリカは母に似て自分のコントロール下にワルターもアンナも置いておきたかった。二人が仲良くなるなんてもっての外だったんだろう。
そして渡した例の手紙✉️
手紙の細かい指示は長年の夢と欲望が詰まってる特級呪物だよ!ワルター!!
でも手紙読ませてる時のエリカがめちゃくちゃ綺麗なんだよな。
この辺りからエリカとワルターのパワーバランスが不安定になっていく。
思い通りにならないワルターとワルターを失ってしまうかもしれない不安でエリカは自分のコントロール下にいる母に向かう。
それが母へのレイプ的なシーン。
嫌味な母親でも襲いかかって泣く娘を愛してると受け入れて宥めるのも母の深い愛情なのか。
そしてワルターはエリカの自宅に来て母親を隣の部屋に閉じ込めてエリカをレイプする。エリカの手紙通りに。エリカの妄想と現実は違っていてそこからめくるめくイケメンとのSMライフが始まる訳が無くワルターの言葉が突き刺さる。
“秘密にしておこう。僕は男だから良いけど君は女だから。愛に傷ついても死ぬことはない。”
ワルターはその後何事もなかったかのようにエリカから離れていく。
エリカにとっては酷いかもしれないけどまああんな特級呪物送ったら普通は無理よな。
ここでブラックスワンのニナのラストを思い出す。
ニナはライバルを殺し見事に黒鳥を踊り、演出家も手に入れたように見えたけど実際に殺したのは自分の女性としての尊厳だった。演出家に身も心も全て奪われてボロボロになる前に自分の尊厳を守って死を選んだようにも見える。ニナは女性の尊厳を守ったある意味ハッピーエンドじゃないかと思っている。
対して今作のエリカは自分が演じていた父親的なコントロール力は男のワルターに壊されてしまい自らを刺して退場する。
何も残っていないエリカのラストは痛々しい。
それにしても今作。前半はシューベルトだの精神のたそがれだの格調高い会話がウソのような怒涛の展開でかなりヘビーだった。ハネケは連続して観るのはしんどい。
自分用メモ📝
作中のシリングはポンドの20分の1 で1947〜1970年までイギリスで使われていた通貨。