レインウォッチャー

ギャング・オブ・ニューヨークのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

4.0
引き込まれる。
「とりあえずオープニングだけ観よう」とか「あのシーンどんなだっけ?」みたいな軽い気持ちで再生し始めたら最後、気づけば30~40分ぼったくられたりする。スコセッシさんの映画って多くが長尺だけれど、この吸引力ゆえに体感時間はさほどでもない、と思ってる。(とはいえ毎回怯むんだけれど。)

中でも今作は、映画は何より視覚優位の娯楽なのである、という超根本をパワーで分からせられる魅力が漲っている。

19世紀後半のニューヨーク、有象無象が過密に集うスラム街ファイブ・ポインツ。この場所の覇権を賭けたギャング勢力の争いと、さらに大きな時代の流れに翻弄される人々を描く。

雑多で猥雑、しかし得体のしれないエネルギーがぐつぐつ沸き立つような街の描写に、まずは何より釘付け。
当時九龍城のごとき貧民窟になっていた醸造所(オールド・ブルワリー)内部や、ならず者から盛装の上流階級、移民に有色人種、南北戦争へ駆り出される兵士たち(※1)までがごっちゃに行き交うストリート。

カメラはたびたび雑踏やドアの間を縫って観客の手を引くように動き、画面の端々では常に何かが起こり、現実と地続きの近代のはずが最早ファンタジーめいて、ジブリアニメやギレルモ・デル・トロ作品の細かく設計された異界の日常に飛び込んだときと同じわくわくがある。

要するにものごっつ銭をかけた美術を作っている(聖地・チネチッタスタジオ)ということなのだけれど、「とりあえず過剰なのは良いことだ」と思ってる節のある映画ファン(わたしとか)にとってはご褒美でしかない作品といえる。

そして、この混沌は映画全体のテーマともきっちりリンクしている。
オープニングの抗争に勝ち、独裁的リーダーのビリー(D・デイ=ルイス)のもとこの街を仕切るギャング勢力《ネイティブズ》。移民やリンカーン政権を否定し、「俺たちこそがアメリカ人だ!」と息巻く者たちなのだけれど、この名称はなんとも皮肉だといえる。元を辿れば彼らも結局はヨーロッパからの移民であり、全然《ネイティブ》なんかじゃあないからだ。

つまりビリーたちはいわゆる保守層であり、対する移民中心の勢力《デッド・ラビッツ》を率いたヴァロン神父(L・ニーソン)や、その息子で父の復讐を誓うアムステルダム(L・ディカプリオ)はリベラル的と位置付けられる。
しかし、本当の《ネイティブ》なんて蚊帳の外、映画には映ることすらない。狭い地域で利権のために争うギャングたちは、どんなに格好良い大義を掲げてもやはり滑稽ですらある。

それを証明するように、ギャングたちを中心とした歴史ロマン、あるいはアムステルダムの復讐譚のように始まった物語は、中盤から徐々に舵が狂っていく。(※2)
彼らのワイルドでプライドを賭けた…はずだった抗争・思惑は、いつのまにか政治劇(選挙戦)に取って代わる。更に、ついにアムステルダムとビリーが再び対峙したとき、もっと大きな内戦と権力によって、「古式ゆかしき決闘」は押し流されてしまうのだ。

自らの信念のため必死に戦ったはずの彼らも、結局は忘れられていく存在だった。この虚しさは、現代に至るあらゆる争いにいえることだろう。

そもそもアメリカへの移住(ピルグリムファーザーズってやつですね)の発端には宗教の対立があり、そんな彼らが今度はアイルランド移民を迫害する。ここにはプロテスタントとカトリックの争いのループがあって、誰のための争いを誰がやっているのか、もうわからなくなってくる。ルーツなんてごく近い人間どうしなのに。そしてもちろん、今作の時代背景の一つである南北戦争もまた身内同士の争いだ。

現代の争いも、その多くが隣人の対立であり、元を辿れば代理戦争的といえるだろう。ウクライナでも、イスラエルでも、そう変わらない類のことが起こっている。
そういった意味で今作は予言的だったけれど、奇しくも公開当時まさに9.11に直面し、「間に合わなかった」作品でもある。エンディングに流れるU2の『The Hands That Built America』、ちょいと湿っぽすぎる曲ではあるのだけれど、アイルランド出身の彼らが歌うところに意味がある。

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※1:劇中、徴兵された兵士を乗せる船は、交換するように戦死者の棺桶を降ろす。ループと虚しさを強調する鋭いシーンだけれど、ここでの音楽使いにも驚く。
「アメリカになんて来なければよかった」と歌うリンダ・トンプソンの『Paddy's Lamentation』が劇伴として流れつつ、兵士を送る行進パレードのマーチングドラムがダイジェティックサウンドとして鳴っている。両者はどちらも同等の音量で鳴りながら、リズムがまったく嚙み合っていなくて、めちゃくちゃ気持ち悪い。このズレが、決定的な歪みを伝えているような気がしてならない。

※2:この後半の目的地を見失った感が、不人気の理由のひとつだろうか。確かにジェニー(C・ディアス)とのロマンスとか、やることがありすぎて忙しく、散漫な印象も否めない。