クシーくん

カルメン故郷に帰るのクシーくんのレビュー・感想・評価

カルメン故郷に帰る(1951年製作の映画)
4.0
改めて観たが傑作。

無教養な田舎者の癖に芸術だ、芸術だとよく知りもしない内から有難る俗物、「芸術」を猥褻な目的で眺める助平親父、その実態を単なる裸踊りだと見下して嘲笑う小市民達…美しい北軽井沢の大自然の下に住むのは結局こうした人々である。
国内初のフルカラー作品という事で、ケバケバしいカルメン達の衣装と、軽井沢の豊かな緑との非対称も効果的で素晴らしい。

娘が裸で踊る事は自分が人前で裸になる以上の恥だと語る前時代的な親父を同情的に描く。その善良な親父を見て善悪の規範があやふやになる笠智衆。一方で、カルメン達を決して否定的には捉えない。公開当時はかなり物議を醸したであろう、大草原でストリップの練習をする自信に満ち溢れたカルメン達を伸び伸びと描く。
そう、この映画には押し付けがましい道徳的な規範が明確に提示されていないのだ。昔気質の道徳を重んじる訳でもなく、かといって新時代の「芸術」を肯定的に描く訳でもない。「芸術」を金儲けに使った厭らしい金満家は信賞必罰の報いを受ける事もなく、儲けたまんまご機嫌なラストを迎えるし、芸術を性欲を満たす為に鑑賞した村人達は笑顔で手を振るカルメン達を卑猥な言葉で罵倒し、嘲りながら見送る。
良質なコメディであると同時に、コメディの皮を被った極めてシニカルな作品である。道徳組と猥褻組を平等に取扱い、どちらにも加担していない。極めてフラットな、突き放した視点すら感じる。戦後民主主義に浮かれ騒ぐ軽薄さと、旧態依然とした保守性の両端を笑い飛ばしている。
ただ突き放すだけでは単なる冷笑主義に過ぎないが、周囲にバカにされても笑顔と芸術を忘れないカルメン達と、盲目の作曲家の親子を情愛深く描いている所に、監督のごく控えめだが、優しい主張を窺えるのだ。

カルメンが故郷に帰った事で何が起きたか。
父親には金が支払われ、その金は小学校の子供達の為の教育資金となった。大金を稼いだ因業な金持ちは気をよくして、盲目の作曲家から奪ったオルガンを返した。
カルメン自身はといえば、結局の所芸術など理解されず、裸踊りの愚かな女として皆の笑い者になる。父親の言葉を借りるなら、結婚もしないで「綺麗なカラダでもない」社会の爪弾き、惨めな存在でしかない。しかし「足りない」彼女は自らの境遇などまるで意に介さず、鮮烈なストリップの記憶を人々に残したまま笑顔で故郷を後にするのだ。なんと爽やかで痛快なコメディではないか。私はそう思う。
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