垂直落下式サミング

ガメラ2 レギオン襲来の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ガメラ2 レギオン襲来(1996年製作の映画)
5.0
リアリティ溢れる描写とカッコ良すぎる特撮映像で「これを待っていた!」と絶賛された映画の続編であるが故に、公開前から相当期待されていたであろう本作。その期待を裏切ることなく、何倍もパワーアップした作劇になっていて、当時のファンは相当驚いたのではないかと思う。
というわけで、映画『ガメラ2 レギオン襲来』は何が素晴らしいのか、その魅力についてキャラクターやストーリーなど僕なりに語ってみたい。
とかく、ヒロインの水野美紀が、すこぶる美しかった。スタイルがいいから、すこし服装が変わるだけでもドキドキするのに、めっちゃ衣装持ちでうれしいな。上はモコモコした冬らしいカーディガンやらベストやらを羽織っているのに、不自然なくらいミニスカートで美脚を強調。寒さに負けない!道産子魂!
前作の中山忍は、横暴で利己的な態度の官僚にくってかかるツンケン系女子だったけれど、水野美紀はこういった組織上部からの圧力に対してムキになっている様子がなくて、むしろ意識的に立場にこだわらないことでもって素の愛嬌を振りまいており、社会的な強かさとしなやかさがある。彼女こそがオトナなのにハードSFについていけない憐れな僕らを導いてくれる天使なのだと、そうに違いないと錯覚するほど魅力的でした。大きめの段差でも、男性に差し出された手をとらずにぴょんっと。これがまったくもって嫌みじゃないキュートさ。あーもー、惚れてまうやろー!
警備員のおじさんがギャオス事件の刑事だったのは、続けてみたから気づけた。長崎で怖い目にあって警察をやめたのに、北海道で似たような目にあうとは。コメディレリーフなんやね。そんで、渡辺裕之もお約束。
今回の敵は、外来種レギオン。鳥の次は虫。生き物は、どんな状況においても、必死で生存しようとする。繁殖と生命淘汰が、生き抜くための至上命題。社会生物としての人間に対比されるレギオンの本能的な必死さが、火花散るバトルを生む。生態系そのものが、人間文明にとって害毒っていう最悪の外敵だということが、次第にわかってくるが、ガメラに頼れなくなった人類は、はたしてどうなる。
昔見たときは、怪獣の戦闘シーンが少ないし暗いから、ガメラ2はあんまピンと来てなくて、どちらかというと1のほうが好きだったけど、レギオンの生態がわかってくる過程や、自衛隊の有能さにゾクゾク。この骨太さがガキにわかってたまるかっ!
大人の視点で再鑑賞することで、細部に気付くことは多い。今回、特に銭湯のシーンが記憶に残った。銭湯の脱衣所のテレビで怪獣被害の現状と今後の予想、そして自衛隊の作戦の進捗を報じるニュースが流れていて、その内容に不安を感じた子供が「大丈夫かな?」って横にいるお父さんに問いかけると、父親は「そうならないように頑張りましょうってことだよ。」とあっけらかんと答える。このセリフというか、一連の流れがだいぶグッときた。
不安そうなガキに対して、どっしり構えてみせるオトナって、なんか立派だなって。本当はオトナだって不安なはず。でも、子供の恐怖を煽ってはいけない。お父さんは、立派な男とは程遠い小太りで縁なしメガネのおっさんだったけれど、これがオトナってやつだと思う。
未曾有の危機が現実的な実感を持って我々の生活に肉薄してくるとき、寄り添うことよりもまずは一度落ち着いて、他人事だと思って楽観的に考えるのって、恐怖に対していちばん効果的な対処法なんじゃないかな。現実に脅威が迫っているとき、それに向き合いすぎるのはかえって毒だから。
特に、子供たちの心には、負荷がでかすぎる。現実の不安に対していたずらにドキドキし続けるくらいなら、ぜんぜん目を背けちゃっていいと思う。
ガメラが勝てない相手なんだから、自分の力で脅威そのものを駆逐することはかなわないし、そもそも迫り来る災害が怖いのは当たり前。だけれど、まだ来てもいないそいつに対する恐怖心で、身体がこわばって動かなくなってちゃあ仕方ないっしょ。
不安や恐怖を軽くすることはできないけれど、悪い知らせを楽観視することで、解決には至らなくても心はコントロールできる。心構え次第、気の持ちよう。それが人間の知恵だ。
僕らヒトという種族が、飛来した強大な宇宙生物に対抗しうる何かを持っているのだとしたら、この他者を思いやる社会性と、操る言語の複雑怪奇さ、群であり個でもある多様性、それらが重要な武器となるのではないか、それらこそがホモサピエンスの強さに他ならないのではないか、と。そんなことを思ったのでした。
しかし、まあ、レギオンくん。聖書の悪霊に由来した名を冠しても、単純な電波信号で誘導されるとか、所詮は虫けらよのう。外来種めが、滅びるがいいさ。