らんらん

クローズ・アップのらんらんのレビュー・感想・評価

クローズ・アップ(1990年製作の映画)
5.0
アッバス・キアロスタミ、1990年。

ある裕福な一家の前で映画監督マフマルバフを騙り演じ続けた、サブジアン。
5日目に詐欺未遂罪で逮捕される。

実際起きた事件の過程と裁判の様子がドキュメントと再現劇の混在で語られるが、その境目は定かではない。

思えばフィクションとノンフィクション(現実)を繋げ、観客にも越境を促すのがキアロスタミ監督の手法の一つだろうけれど、本作の入れ子構造は越境と言うより精神融解するくらいの底なし沼と言った感じ。
ただしラストには(静かな)カタルシスが待っている。やはりキアロスタミは泉。

「やっと辿り着いたね、自分に」

裁判ではあるけれど、マフマルバフを演じるサブジアン、ではなくサブジアン自身の言葉をこれほどまでに引っ張り出した会話、対話。心を突かれる。判事ではない、誰だろう質問していたのは。
昼食を抜くほど困窮した失業者であり、今ここに犯罪者として立つ窮地の息子を前に、片方で息子への溺愛、依存を明らかにし、片方で我が家は預言者の血統であると場にそぐわない主張をする母に黙れと思ったのは私だけではないだろう。
とにかく家の老母とまだ幼いであろう子供は、サブジアンの対話の相手ではなかったのだ。
彼は何を演じて来たのか。

私のサブジアンの印象は見ているうちに次第に変化した。

最初は誇大妄想狂の男。
次に`痛み’に注視する芸術家。
それから演じることの恐ろしさ。突然訪れた晴れ舞台、演じること自体に足をすくわれ、陶酔と酩酊の底なし沼に嵌まった可哀想な男。徐々に訪れる現実感の喪失。この姿に一番親近感が湧く。皮肉なことに。

やっぱり素人がカチンコ無しに演じちゃいけないのだ。
覚醒の職人キアロスタミのカチンコ。それからキアロスタミの泉。静寂。

genarowlandsさんの素敵なレビューとご紹介に感謝です!
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