トムヤムくん

ダウト 〜あるカトリック学校で〜のトムヤムくんのレビュー・感想・評価

4.5
ケネディ暗殺や公民権運動によって世界が揺らぐ1964年。ニューヨークのカトリック学校を舞台に、1人の神父が男子生徒に手を出したのではないかという「疑惑」がかかる。そこでシスターたちは真相を追求しそうと、神父を問い詰めていくのだが…。

本作は、『月の輝く夜に』などの脚本で知られるジョン・パトリック・シャンレイの意欲作。彼が劇作家としてデビュー後、戯曲『ダウト 疑いをめぐる寓話』を執筆。そのまま自身で舞台化し、トニー賞とピュリッツァー賞のW受賞という快挙を果たす。その勢いに任せて、今度は自ら映画化。この時点で既に、完璧な作品になるのは確定していた。

校長のメリル・ストリープ
神父のフィリップ・シーモア・ホフマン
新米教師のエイミー・アダムス
被害生徒の母 ヴィオラ・デイヴィス

主要キャストの4人、その全てがアカデミー賞で演技部門にノミネート。作り込まれた秀逸な脚本と、見応えある実力派俳優たちの演技合戦で最後まで釘付け。

まずこの映画はオープニングの段階からかなり重要で、開始すぐに神父が「疑い」をテーマにした説教を始めるのだが、その言葉のひとつひとつに意味がある。そして、その場にいる全てのキャラクターの、ほんの些細な行動ですら、後の物語に尾を引くようになっている。この構成力がとにかく素晴らしい。

そしてシリアスな物語を彩るキャラクターたちの配置がとんでもなく巧みで絶妙。まず主演のメリル・ストリープは、生徒たちに恐れられるほど厳格な校長の役。

彼女は神父が罪を犯したのではないかという確証のない疑惑から、不確定なまま個人的な感情のみで神父を追い詰めていく。まさに「疑わしきは罰する」を体現したかのようなキャラクター。

その行いは、正義感によるものなのか、私情によるものなのかは分からない。本人はそれが正しいと思って行動しているが、傍から見ればあまりにも哀れで、皮肉的な存在。それは誰よりも人間らしく、この映画のテーマを象徴するキャラクターでもある。

そして生徒に人気で、ユーモア溢れる神父を演じるフィリップ・シーモア・ホフマンも素晴らしい。「あの優しそうな笑顔の裏には何かがあるかもしれない…」と、視聴者ですらも違和感を覚える僅かな表情の変化や、セリフの抑揚で、この物語をかき乱していく。

彼は本当に手を出しているかもしれないし、出していないのかもしれない。メリルとは相反して、「火の無い所に煙は立たぬ」という言葉を見事に体現している。最後の最後まで「疑惑」を「疑惑」のままにしつつ、その開放的でありながらも、ミステリアスな演技は恐ろしくも圧巻だった。

また昨年『魔法にかけられて』が大ヒットし、スター街道まっしぐらだったエイミー・アダムスの配役も良い。お人好しゆえに、人を疑うことを好まない人間。しかし、自分の中でしっかり軸が出来ている。
主演のメリル・ストリープとは真逆の性質を持ち、対立するキャラクターとなるのだが、そんな透明度の高い彼女の存在によってさらに物語は複雑化する…。

そして!!そしてそして!特に良かったのが、出演時間わずか8分ながら強烈なインパクトを残したヴィオラ・デイヴィス!彼女が登場することによって、これまで描かれてきた物語の方向性が一気に定められて、映画の空気がぎゅっと引き締まる。

ただ映画を観ていただけの、ただ傍観していただけの自分自身ですら、何が正解で、誰が正しいのか分からなくなっていく。そんな視聴者を勢いよく物語の中に引きずり込んでいき、観ている人々の頭の中にもそれぞれの「答え」が生み出される。そして、ここでようやく映画のテーマが明確になる。

そのため彼女の存在によって、作品の濃度がより一層濃くなり、ドラマ性や風格がうんと引き上げられる。彼女の流す涙や鼻水の1滴ですら心を鷲掴みにされるし、彼女こそがこの物語の真の主人公なのではないのか…と思ってしまう。

ストーリーのほとんどはキャラクターたちの会話のみで進んでいくのだが、やはりどこかに戯曲らしさや、演劇らしさが残る。場合によってはそれがマイナスポイントになるかもしれないが、この映画においてはそれがむしろプラスで、逆に映画的でもある。

結局はカトリック学校を舞台にした会話劇なので、人によってはかなり地味と感じるかもしれないが、重要なのは画面の中ではなく、その奥。ストーリーとキャラクターたちの心情を紐解きながら、サスペンスとヒューマンドラマが見事に絡み合う。最近で言うところの『別離』や『スリー・ビルボード』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』に近い何かを感じた。

また「疑惑」をテーマにしているように、9.11によってテロが身近となり、疑心暗鬼になった当時のアメリカの世相を風刺しているのもやはり抜け目がない…。時代背景は60年代だが、しっかり2000年代の空気感も閉じ込められている。

はあ。あまりにも傑作すぎて、見終わったあと僅かに両手が震えていた。