ダウト 〜あるカトリック学校で〜の作品情報・感想・評価

「ダウト 〜あるカトリック学校で〜」に投稿された感想・評価

くぅー

くぅーの感想・評価

3.9
疑惑だらけがこんなにも怖いとは…ホラー作品みたいなテンションで見てしまっていた。

そう、丁寧に疑惑の地雷を埋め込んで見せておきながら、その地雷原をどう進むべきなのかを我々に委ねるあたりは、正に疑惑の真骨頂かも…信仰に確信に寛容や正義なる言葉達が、頭の中をグルグル回ってしまった。

そして、クライマックスのメリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンの演技対決は圧巻。
たばた

たばたの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

脚本に無駄がなくて、短い上映時間に俳優陣の素晴らしい演技がギュッと詰まっていて本当に見ごたえがある。

真相が明らかにされるわけではないので、これは黒人少年と神父の報われない恋の話なのではないか、とか、メリル・ストリープ演じるシスターも性的虐待を受けた経験があるのではないか、みたいに、いろんな捉え方と想像が出来る。

内情暴露系の映画だと思っていたので、良い意味で裏切られた。
mephitic

mephiticの感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

演技が良かった、

誘惑に取り憑かれた校長は
本当に弱いけど
人間ってそんなもんだよな、と

結局真実はわからないけど神父嫌いだ
1964年🇺🇸ニューヨーク州

厳格なカトリック教会学校。

生徒達にも人気がある黒人神父(ホフマンさん)が生徒と性的関係を持った疑いを持つ女教師。(エイミーさん)

女校長(メリルさん)その事を伝える女教師。



厳格な校長は異常なまでに、疑いを深めていく。

対照的な校長と神父。真実はあるのか?

◉76D点。
異常なまでの疑いを持つ校長と正義なのか悪なのかわからない神父や生徒の母親など会話ドラマでかなりの駆け引きと緊迫をかもし出していました。

★彡演者さんの演技合戦は見応えありますね。
seishirow

seishirowの感想・評価

4.5
レビューの前に、Netflix限定で恐縮だが「キーパーズ」という計7時間に及ぶドキュメンタリーの話をしたい。

1969年11月のある日、ボルティモアにあるカトリック系高校で1人の若きシスターが殺害された。
未解決のまま時は流れ、40数年の後、ふたりの卒業生がその謎を追うべく関係者に話を聞き、資料を集め始める。
すると、90年代に同校の卒業生が集団で神父の性的虐待を告発した事件にリンクしたのだった。
殺害されたシスターは何を知っていたのか。。
性的虐待に加担した医者や警察官や他の神父の存在が明るみに出る一方、次々と消えていく物的証拠。進まない再捜査。強大なカトリック教会の権力の前に証言だけでその闇は暴けるか。というもの。

カトリック神父の性的虐待ならニュースで聞いたことある、と思ったが、テレビを賑わせたのは何件もあるようで。

そんな事が騒がれたあと、2008年に公開されたこの映画である。この映画では生徒と性的関係を疑われるのだが、そこをはっきりさせない。見ただけで白黒つけられない。これは実際の事件をモチーフにしたのだろうか?虐待の事件か?冤罪事件があったのか?
証言すらなく疑惑を追求する校長はなんていうか、やってない証拠を出せ、とか、その顔はやったに決まってるとかそのレベルなので見ていて怖くなってくる。キーパーズを見たあとですら神父に肩入れしたくなる、この映画はなんのために作られたのか?という疑問も湧いてくる。
ともち

ともちの感想・評価

2.5
アホすぎてわからんかった。
結局、謎のまんまやし〜。
ダウト=疑う?全てを疑えってことかな?
これは、わたしには到底理解出来なかったので、これはとても高尚な映画だと思います。
内容自体は正直地味です。
大きな展開も演出もない。しかし主演陣の演技にグイグイ引っ張られた1時間45分。 扱ってるテーマの深さも相まって、見応え抜群の作品だと思います。
遥

遥の感想・評価

3.4
正義とは何なのか?悪とは何なのか?
『信じる』ことの対義語が『疑う』こと
のように何が正しくて、何が悪いのか
そんなスレスレの内容のお話でした。

学校の規律を重んじる校長、生徒想いの神父。神父が生徒に悪さをしてるのではないか?そんな疑いの目を抱いた校長。

校長が正義なのか?神父は悪なのか?
最後まで真実は闇のなかだし、後味はスッキリしないけど、いい題材の作品だった。

まさに真実は神のみぞ知る。
ナナ

ナナの感想・評価

4.5
“疑いは時に確信と同じくらい人を結束させる”

共感 対立 受容 不寛容 正義 がテーマだと思った。
「あなたに哀れみの心はないのか」
「あなたへの哀れみはありません」
「あなたは罪を犯したことはないのか」
「あります」
「大罪を?」
「そうです。罪を告白してきました。」
「私もだ。私とあなたは同じではないのか」
「ちがいます」


絶対の正義は無いのだということを改めて思う。
「正義」の対義語はなんだろう
少なくとも「悪」ではないだろう。
「信仰」「疑い」「攻撃」...これらは「正義」と同義になりうる。

他者を口撃することで自分の正しさを示す...とても寂しい。寂しい行為だ。
それでも、それぞれに、それぞれの主張を譲らない理由がある。

マイノリティに共感する神父
行為を問題にする校長
二人の論点は絶妙にずれていて、哀しい。


ラストシーン
校長の孤独感とシスタージェームズの優しさ・共感がシンプルに表れていた。
にゆ

にゆの感想・評価

4.5
名優同士が名演技で殴り合いしてるみたいな映画だった。

最後まで真実は分からず、神父か校長のどちらが正しいのかも分からない終わり方だった。疑わしきは罰せずの精神である宗教だけれども、この当時は神父による児童の虐待が明るみにでた時期でもあったし、根拠がなければ自ら移動することもなかった。結局は栄転になったけれども・・・。もしも神父が本当に虐待していたとして、さらに大きな教区に移動したとなると被害者の数が増えただけなのではないかとも思う。

また、進歩的な神父と敬虔な校長、今までとこれからの思想の対立ととらえれば、ますますどちらが正解だったのかわからなくなった。

観客の誘導も見事でシスター・ジェイムズの視点から疑いを向ける人間が場面によって変えられるのが脚本とエイミー・アダムスの演技のなせる技だな~って思った。
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