シネスコの画面を見事に生かした清水宏の横移動の撮影が画面の広がりを、そして室内の奥行きを強調するような固定撮影が画面の透明感というよりも寧ろ抜けの黒さを強調する。戦後の小津と同じように亡き母の存在を題材にした清水がこれほど暴力的に子供を描写したということはやはり驚く。しかし矢張り、初期作から繰り返し横移動の撮影のバリエーションを展開していた清水が最後の作文の朗読場面以降、寧ろ横移動は最小限に抑えて寧ろ縦の構図を意識させる移動撮影へと手法を新たに生み出している点が興味深い。小津が最終的に封じた移動撮影を清水は別の形で映画の可能性として開拓しようとしていたのかもしれない。
※小津が『秋刀魚の味』で遂に固定撮影以外を封じたのは単に美的な洗練ではなく、寧ろカメラの運動を中断させることによって新たな可能性を切り拓いていると、個人的には思っている。