「かわいい毒草」（1968）のノエル・ブラック監督が、映画監督志望学生の挫折を描いたアメリカン・ニューシネマ。邦題「濡れた欲望」は意味不明。原題「COVER ME BABE」は米ロックバンドBreadによる主題歌のタイトル。

映画学校の学生トニー（ロバート・フォスター）は短編映画を作って受賞する。しかしその作品は満足できるものではなかった。彼はテレビ中継でケネディ暗殺容疑者が射殺される瞬間を目撃してショックを受け、従来の映画の枠にとらわれないシネマヴェリテの制作を試みる。台本なしの即興で撮影する恋愛リアリティシーン、浜辺で救助された少年の死にゆく様、車中のカップルの盗み撮り、女装家・浮浪者・売春婦のインタビュー、飛び降り自殺の現場。映画会社からのオファーにも偉そうな態度で対応し至高の映画を追求するトニー。教授からは批判され恋人メリス（ソンドラ・ロック）からも愛想をつかされるが。。。

他には観たことない設定で面白かった。1970年当時のアメリカの映画学生の雰囲気を感じることができた。これがインディペンデントではなく20世紀フォックス製作というのも興味深い。

“映画監督”とは芸術を後ろ盾にした一種の独裁者と言える。現場を経験しているからよくわかる。個人のクリエイトではなく集団クリエイトなのが映画芸術の特殊性で、現場では監督の想像を再現するためにスタッフ・キャスト全員が従い協力する。プロの場合は興行的・批評的成功を重ねることが映画監督としての必要条件だが、学生映画の場合は何者でもない彼が映画監督のポジションを得て、その万能感に自分が何者かであるような勘違いを起こしやすい。

本作ではそんな映画青年の姿を通して青春の過ちを描いている。前後を挟む浜辺での全力疾走シーンこそ何者でもない彼の等身大の姿であり、青春期の滑稽さを象徴している。

加えて本作からは、フランス・ヌーヴェルヴァーグ界隈への挑発的批評が感じられる。フランス批評家が誉めそやす街頭歩きの横移動ショットは、誰でも簡単にできるカメラテストレベルのものとして粗末に済まされ、シネマヴェリテに関してはもっと特別で過激な対象を撮った方が人間の真実に迫れるはずだとおちょくっている。主人公の若気の至りを描きつつ、ハリウッドからフランス映画界に対し“御託を並べているが頭でっかちなだけ”と挑発しているようにも受け取れる。

本作の評判は両極端で“最悪”との向きが多い一方で“傑作”との声も見受けられる。悪評の多くは倫理的な問題を指摘しているが、それは本作の本質を理解していないように思う。映画制作を経験している自分にとっては思い当たる人間や事例が描かれていてかなり楽しめた。

昨今は映画やアニメの裏方を描く作品が増えているので、本作が再び世に出れば再評価されるのではないか。恋愛リアリティ撮影など時代を遥かに先駆けている点も興味深く、早すぎた意欲作だったかもしれない。

本作はソンドラ・ロックの「愛すれど心さびしく」（1968）に次ぐ出演２作目。初期フィルモグラフィーはクセのある映画ばかりで、それぞれ全く違うキャラクターを演じている。クリント・イーストウッドと出会っていなければ、さらに彼女の幅広い演技が見られた事だろう。

同年、大島渚監督が映画青年を主人公にした「東京戰争戦後秘話」（1970）を手掛けている。“映画と実存”をテーマにした難解な作品でヌーヴェルヴァーグ寄りに感じられた。嫌いな映画ではないが、単純な面白さで比べたら本作の方が上と言える。

ポルノみたいなタイトルだけど、映研の話しだった。

『かわいい毒草』の監督作。映画製作クラブの学生が、製作過程の問題点を挙げる。真実性、愛、友情。最後、すべてを失った主人公は、孤独な心を抱えて海岸を走る。映画批評についての批判もある、隠れた珠玉作。