1983年のクロード・ソーテ監督作品。彼は10代の頃から芸術に興味があり、国立高等装飾芸術学校で絵画や彫刻を学んでいた。第二次大戦後映画を勉強するために高等映画学院に入学し、本格的に映画の道を目指すことになる。クロード=オータン・ララ監督の助手として修業し、1955年に『Bonjour Sourire』で長編監督デビューを果たす。1959年の『野獣は放たれた』という作品では主演のリノ・ヴァンチュラと監督のフィリップ・ラブロの意見が合わず監督が降板してしまったため、途中からソーテが監督の代打を引き受ける。どうやらそこでヴァンチュラと馬が合ったようで、次作『墓場なき野郎ども(1960)』ではヴァンチュラが実在のギャングであるアベル・ダノスを演じる犯罪映画を監督することになる。この作品には途中で仲間になる男としてジャン=ポール・ベルモンドが出ているのだが、同じ年に公開されたジャン=リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ(1960)』でのベルモンドの強烈な印象や映画的な革新性のため『勝手にしやがれ』の影に隠れてしまう形となる。この時唯一『墓場なき野郎ども』を擁護したのが若手批評家であり、後に映画監督として有名になるベルトラン・タヴェルニエであった。タヴェルニエの監督作品の作風を見ても、ソーテの影響は強く感じられる。この時の時流であるヌーヴェルヴァーグと距離を置き、ソーテ派のようなものができ上るきっかけが『墓場なき野郎ども』とその擁護であったと言えるだろう。しかしこの頃のソーテ作品は興行的にも批評的にも芳しくなく、監督業をセーブして他監督の脚本の手直しを行うようになっていた。ジャン=ポール・ラプノー監督『城の生活(1966)』『コニャックの男(1970)』やジャック・ドレー監督『ボルサリーノ(1970)』など有名作の脚本に関わっており、トリュフォー監督などからは脚本のお医者さんと呼ばれていた。
ソーテの監督としての大きな変化は『すぎ去りし日の…(1970)』からだろう。この作品から音楽にフィリップ・サルドを使い、大人の恋の行方を詩情豊かに描くようになり彼のスタイルになっていく。
『ギャルソン!』はソーテにとって長編10作目ある。パリのとあるブラッスリーのチーフ・ウェイターであるアレックス(イヴ・モンタン)は日夜一生懸命働いているが、彼には夢があった。それは海辺のリゾートに遊園地を作ることである。しかしそれにはまだまだ資金が足りず、今はギャルソンとして奮闘している。同僚のジルベール(ジャック・ヴィルレ)は温厚な男だが、のんびり屋さんで遅刻魔だ。彼は妻と離婚調停中で、その間アレックスの家に転がり込んでいる。アレックスは仕事もだが女性関係も忙しい。随分前に離婚している独身の彼にはパトロンのグロリア夫人(ロージー・ヴァルト)や若いコリーヌ(ドミニク・ラファン)などがいるのだが、17年ぶりに再会したクレール(ニコール・ガルシア)に熱中してしまう。彼女は英語教師をしており、アレックスは彼女に会いに教室に通うなどして猛アプローチを仕掛ける。クレールは夫とは離婚しているが、別に恋人の男性がいる。壁に貼られたこの男性の仕事に関する新聞記事を剝がしたり仕舞ったりする身振りでその時々のアレックスとの関係も示唆する演出はソーテ流だ。
本作は人がやって来ては去っていくブラッスリーやそこで働く人々のささやかな悲喜交々をさらりと描いた人生讃歌だ。いがみ合うシェフとギャルソンの丁々発止のやり取りやダンスのような身振りで行われる給仕、美しい料理など見どころいっぱいの作品である。