明石です

ミッション:インポッシブル2の明石ですのレビュー・感想・評価

3.7
「これはそもそもが不可能な任務だ。困難くらい、何てことないだろう?」

悪い奴らはとことん悪く、正義漢はとことん正義で、トム·クルーズは不死身、窮地の際には変身マスクが飛び出し、最後は愛が勝つ。超王道のアクション比重高めのスパイスペクタクル(アクションの部分が大事)を観ました。疲れて何もしたくないなむしろ消失したいなあって時には、本作のような映画を観るのが良いなと思う。いやこれは茶化しているわけでなく、ほんとうに、何も考えたくないときに観れる映画って案外良い映画なんですよ。日々蓄積されたリアルの世界での疲労に困憊し何なら消失しゆく顧客たちを、その何ものにも屈しない断固たるシリーズ化の意思によって決して消失しない姿勢を見せてくれるこの手の作品などは特に、、笑(トム·クルーズは絶対に死なないし、ヒロインは絶対に死ぬ。不死身のマスキュリニティ、そして、太陽のように主人公を照らし消失する女性性、という神話みたいに単線的なお約束)。

スパイ映画というのは、最後に愛が勝ち、けれども恋人は死ぬ(この二つはしばしば矛盾しない)ということが多い気がするのですが、本作に関しては、ラストでヒロインを殺さなくて大丈夫なのだろうか?、と思った。殺さずに生かしておいて、次作で、存在自体すっかり無かったことにしたりはしないでしょうか…?などと気になってしまった。スパイ映画というのはそのそもそもの構造上女性という存在を徹底的に「他者化」している(これは、死をもってヒロインを退場させシリーズの連続性を維持せしめるというスパイ映画に特有の悲しき構造的暴力のこと)きらいがある。そして、その「他者化」は、1作ごとにリセットボタンを押すことが可能な物語構造を持つ同ジャンルではどうやったって逃れようがないのだから、最後はヒロインを潔く殺してしまった方が、物語のカタルシス的にも、そしてシリーズの進行にも好都合な気がした。ラストの安易な感動のために生かされ、次作で存在自体無かったことにされる女性性ほど悲しいものはないので。なおわたしは、だから女性をもっと活躍させろと言っているわけではない。そういう「バッドフェミニズム」への回答のために、たとえば『チャーリーズ·エンジェル』や『ブラック·ウィドウ』はあるのである。

その点、女性を「他者化」してないのにヒロインを早々に(ラストでないのが大事)殺してしまう『ボーン·スプレマシー』は相当に立派な映画だったな。ヒロインを早々に殺しておいて、なんだか敵役と味方役の境界線を反復横跳びしてるみたいなパメラ·ランディ&ニッキー·パーソンズを活躍させるという謎に優れたバランス感覚を披露した(わたしは多分スパイ映画のレビューをボーンシリーズへの愛で締めないといけない病にかかってしまってますすみません)。何ならあの二人は、ヒロインと非ヒロインの境界線すら交互に行き来していた。ともあれ、物語構造をそのジャンルの従来型から絶妙にズラしつつ新たな構造を提示することに成功した映画は、どんなジャンルであれ評価に値する。その点、この「MI:2」は私的にはそれほど評価にしない。変身マスクや赤外線ギリギリ着地など「1」の名要素をそのまま引き継ぎ、ヒロインの一人も殺さず、スペクタクルだけで魅せてしまった。
明石です

明石です