MasaichiYaguchi

わが母の記のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

わが母の記(2011年製作の映画)
3.8
本作は日本を代表する作家・井上靖の自伝的小説を映画化した作品。
井上靖と云うと、「猟銃」「氷壁」の現代物、「風林火山」「敦煌」「天平の甍」のような歴史小説、そして「あすなろ物語」「しろばんば」等の自伝的作品がある。
この映画は実母・八重について書いた短編三部作、「花の下」「月光」「雪の面」をベースにしている。
この作品で描かれた井上靖をモデルとした小説家・伊上洪作と、その母との「わだかまり」の背景は「しろばんば」等を読んだことのある人には概ね理解出来ると思う。
本作は実父が亡くなり、老人性痴呆症が進行した母と主人公が向き合うことにより、過去からの「わだかまり」を乗り越え、心と心が通じ合っていくまでを古き良き家族の風景のなかで描いていく。
豪華キャストによる大家族のなかで、やはり特筆すべきは母・八重を演じた樹木希林さんだ。
年老いて腰を曲げて歩くさま、痴呆症から来る虚ろな目や動作、時に口をへの字に曲げて駄々をこねるさま、呆けからくるお惚けで周囲を笑わす可愛らしさ等、スクリーンに登場する度に放つ存在感は圧倒的だ!
主人公が母に持つ相反する二つの感情。
作家としては母の呆けが作品のネタになると考えて寛大に接し、息子の立場では幼い頃の因縁で呆けた母が煩わしく心情的に「姥捨て」をしている。
皮肉にも主人公もまた三人の娘達から尊敬されている反面、厳格過ぎて煙たがられている。
終盤、母から捨てられたと思っていた主人公が、その行為の「真の意味」を知る。
そのことにより主人公も若い頃に「捨てられた」と思いながらも、母の為に「あるもの」を「探していた」自分自身を思い出す。
そこから、この母と息子のドラマは加速度を帯びて展開して我々を意外な境地に誘う。
実際の井上靖の自宅で撮影され、名作が生まれた書斎や家族で寛いだ居間等、文学ファンには垂涎のシーンが何度も登場する。
J .S.バッハの音楽と共に、伊豆、湯ヶ島、軽井沢等、日本の美しい四季を背景に描かれる家族の情景は心の襞に触れてきます。