わが母の記の作品情報・感想・評価・動画配信

「わが母の記」に投稿された感想・評価

樹木希林さんと南果歩さんがとってもすてきでした。なんか、女性の魅力に溢れた映画でその間をチョロチョロしている役所広司さんという感じ。
でも単純に時代だからだと思いますが、女性の描き方がやっぱり少し抵抗を感じるところがあって、むむぅと思うところも多い。そう考えると、長く残る作品ではないかもしれない。
津次郎

津次郎の感想・評価

5.0

このレビューはネタバレを含みます

主人公、洪作(役所広司)が、母校の校庭で「この遊動円木で詩を書いたことがある」と琴子(宮崎あおい)に話すが、詩の内容が思い出せない。

これが伏線になっている。
その詩を母が唐突に諳んじる場面がある。

ぼけてしまった母が、その詩の切れ端を後生大事に懐中しており、かつ丸暗記しており、よどみなく詠う。
洪作は、堪えきれず、ドッと泣き崩れる。
それは観る側も同様である。
白眉だった。

もう一つ。
紀子(菊池亜希子)の出帆のデッキでの妻との会話。
……海を渡るときは、もし沈没すれば、一家が途絶えてしまうから、それじゃご先祖様に申し訳ない、だから長男だけは残したのだ……、ということを、結婚式のとき母から聞いた、と話す妻(赤間麻里子)。
洪作は驚いて「おまえそれを知っててなぜ俺の(母に捨てられたという)言い分を修正しなかったんだ?」
「あなたが聞き分けよくなったのはつい最近ですよ……あなたは捨てられたと思っていて、いいんです。素晴らしい小説書いて下さるのだから」
洪作は何十年間も、捨てられたと、母を恨んできたのに、妻からサラッとそんなことを話され、啞然としてしまう。

母に捨てられたという反骨心が、洪作に小説を書かしめる、ということを妻が知り抜いていたからこそ、それを何年も、自分の中だけにしまっておいた、の構図。

かしずくだけの腰元みたいな妻にしか見えなかったのに、しっかりと計算高く洪作を支え、扶けていたという、妻のしたたかさが判明する場面だった。赤間麻里子の、ぜんぜん目立たない名演だった。

樹木希林と役所広司は言うに及ばず、ほか原田組みんな名演だったが、個人的に登場場面もセリフもちょっとだけの真野恵里菜が印象的だった。

湯ヶ島の下女、貞代。
ひどい伊豆弁で泥だらけの田舎娘。
出たかと思えば消える野生っ子で、片っぽの鼻孔ふさいで、ふんっと鼻屎を出すのが癖。天真爛漫で、魅力だった。
──意外なところに意外な人。
駆込み女と駆出し男の松本若菜みたいな隠し味が原田映画の巧味だと思う。

序盤の率直な感想は、いい暮らししてんなあ、というもの。
60年代の上流階級の人々の暮らしぶりが再現されている。

「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた時代。
わたしはもっと後の世代だが、70年代も80年代も、井上靖はずっと流行作家だったと記憶している。築かれた財には頷けるものがあった。

海辺のリゾートホテルでの家族旅行。昼間はゴルフ、ディナーで生バンド演奏。吹き抜けのエントランスホール、バーがあって、ビリアード場があって。

60年代の車輌、松原の海や神代杉の境内、世田谷の本宅に軽井沢の別荘、投光機のあるテニスコート。どこで撮ったのかわからないが、どのシークエンスもまるでほんとうの昔のように綺麗だった。

その佳景のなかを、母が亡くなるまでの10有余年の経年とともに、壊れゆく母とともに、徐々にドラマに呑み込まれた。

普遍的な話だが、より美しくしているのは60年代だと思った。
やや短絡な言い方だが、そこはまだ夢や希望があった時代──なのかもしれない。
けい

けいの感想・評価

3.0
※「例え忘れられてしまってもきっと愛だけが残る」
※実際に世田谷にある井上の自邸でも撮影が行われた。
・2日間で1億1859万9200円
動員数10万8720人
映画動員客数 初登場5位
13.3億


第35回モントリオール世界映画祭 審査員特別グランプリ

第16回釜山国際映画祭 クロージング作品

第47回シカゴ映画祭 コンベンション部門

第31回ハワイ映画祭 Spotlight on Japan部門
第42回インド映画祭 Kaleidoscope部門

第23回パームスプリングス国際映画祭
Modern Masters部門

第4回TAMA映画賞
最優秀男優賞(役所広司)
最優秀女優賞(樹木希林、宮崎あおい)

第67回毎日映画コンクール 撮影賞 - 芦澤明子[5]

第25回日刊スポーツ映画大賞 - 助演女優賞(樹木希林)

第36回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞(樹木希林)
優秀作品賞、優秀監督賞(原田眞人)、優秀脚本賞(原田眞人)、優秀主演男優賞(役所広司)、優秀助演女優賞(宮崎あおい)、優秀音楽賞(富貴晴美)、優秀撮影賞(芦澤明子)、優秀照明賞(永田英則)、優秀美術賞(山崎秀満)、優秀録音賞(松本昇和(録音)/矢野正人(整音))、優秀編集賞(原田遊人)

2012度全国映連賞
作品賞
男優賞:役所広司
特別賞:芦澤明子(撮影)
最初樹木希林が内田也哉子に見えた😳雷のオーバーリアクション共感⚡️ストーリーにいまいち入り込めなかったなぁ。捨てられてなかった…?最後の電話はぞくっときた。キムラ緑子が1番傍で世話をしていたから、死んだ時泣くし、お世話も大変だったから愚痴の電話の時の感じもすごくよくわかった。
本作は日本を代表する作家・井上靖の自伝的小説を映画化した作品。
井上靖と云うと、「猟銃」「氷壁」の現代物、「風林火山」「敦煌」「天平の甍」のような歴史小説、そして「あすなろ物語」「しろばんば」等の自伝的作品がある。
この映画は実母・八重について書いた短編三部作、「花の下」「月光」「雪の面」をベースにしている。
この作品で描かれた井上靖をモデルとした小説家・伊上洪作と、その母との「わだかまり」の背景は「しろばんば」等を読んだことのある人には概ね理解出来ると思う。
本作は実父が亡くなり、老人性痴呆症が進行した母と主人公が向き合うことにより、過去からの「わだかまり」を乗り越え、心と心が通じ合っていくまでを古き良き家族の風景のなかで描いていく。
豪華キャストによる大家族のなかで、やはり特筆すべきは母・八重を演じた樹木希林さんだ。
年老いて腰を曲げて歩くさま、痴呆症から来る虚ろな目や動作、時に口をへの字に曲げて駄々をこねるさま、呆けからくるお惚けで周囲を笑わす可愛らしさ等、スクリーンに登場する度に放つ存在感は圧倒的だ!
主人公が母に持つ相反する二つの感情。
作家としては母の呆けが作品のネタになると考えて寛大に接し、息子の立場では幼い頃の因縁で呆けた母が煩わしく心情的に「姥捨て」をしている。
皮肉にも主人公もまた三人の娘達から尊敬されている反面、厳格過ぎて煙たがられている。
終盤、母から捨てられたと思っていた主人公が、その行為の「真の意味」を知る。
そのことにより主人公も若い頃に「捨てられた」と思いながらも、母の為に「あるもの」を「探していた」自分自身を思い出す。
そこから、この母と息子のドラマは加速度を帯びて展開して我々を意外な境地に誘う。
実際の井上靖の自宅で撮影され、名作が生まれた書斎や家族で寛いだ居間等、文学ファンには垂涎のシーンが何度も登場する。
J .S.バッハの音楽と共に、伊豆、湯ヶ島、軽井沢等、日本の美しい四季を背景に描かれる家族の情景は心の襞に触れてきます。
あやん

あやんの感想・評価

5.0
地球のどこにもない小さな海峡を、
忘れて、思い出して。
色々あっても、ゴールはひとつ。


琴子のお洋服全部素敵だったなあ。
mito

mitoの感想・評価

3.6
最近の文学作品原作物では比較的シンプルで蛇足も少ない良作でした。
余計なお涙頂戴用の演出が無いので「早く終われよ」というストレスがない。
そして何よりCMでも話題になった樹木希林の痴呆演技はもはや怪演と言って良い。

超個人的な意見だけど、宮崎あおいは可愛い。可愛いのは分かるけど、こういう昭和の世界では異質感のあるタイプに感じる。
あと演技力も疑問、同じタイプなら二階堂ふみの方が鬼気迫る演技ができる分、上の気がする。
kazu1961

kazu1961の感想・評価

3.8
▪️Title : 「わが母の記」
Original Title :※※※
▪️Release Date:2012/04/28
▪️Production Country:日本
🏆Main Awards : 第36回日本アカデミー賞
最優秀助演女優賞
🕰Running Time:118分
▪️Appreciation Record :2020-277 再鑑賞
▪️My Review
この作品は何度観ても泣いてしまいます。母の子に対する愛情の深さが身に染みる作品です。特に痴呆が進んでいる母親八重が詩をそらで読み返すシーンと沼津へ向かうシーンは涙が出て止まりません。。。
そして、なんと言っても本作で樹木希林の演技の凄さ、名女優振りを認識しました。今までも数々の名演技を見せてくれましたが、この作品の演技はとても光っています。
本作、文豪、井上靖の「わが母の記~花の下・月の光・雪の面~」の映画化です。誰もが避けては通れない親の老いと死について描いています。幼少期の出来事により母親との間に大きな溝を抱える中年作家と、年老いて痴呆が進んでいく母親との関係を中心に、家族の深い絆が描かれています。母親役の樹木希林、主人公の娘役の宮崎あおいなど、実力派の共演が物語を盛りたてています。
物語は。。。
家庭の事情から、親から離れ、親戚に預けられて育った洪作。自分は親から捨てられたという憎しみが洪作の小説への原動力になったのも事実ですが、洪作の母への怒りが消える事はありませんでした。しかし、痴呆となった母の口から、ある詩がこぼれ落ちた時、洪作は初めて母を許そうと思うのでした。。。
本作の核となるのは「痴呆」ですが、心を揺さぶるのはやっぱり家族の絆・母の愛だと思います。とにかく、哀れに見えるはずの認知症の母親を愛しく演じ上げた樹木希林の演技は必見です。監督は井上と同じ沼津出身の原田眞人。撮影は実際の井上靖の家が使用されたそうですね。

▪️Overview
井上靖の自伝的小説「わが母の記」3部作(講談社文芸文庫刊)を、「クライマーズ・ハイ」の原田眞人監督が映画化。役所広司、樹木希林、宮崎あおいら実力派キャストで10年間にわたる親子、家族の愛を描く。昭和39年、小説家の伊上洪作は、父が亡くなり母・八重の面倒を見ることになる。幼少期に母と離れて暮らしていたため距離を置いていた洪作だったが、妻や3人の娘、妹たちに支えられ、自身の幼いころの記憶と八重の思いに向き合うことに。八重は薄れゆく記憶の中で息子への愛を確かめ、洪作はそんな母を理解し、次第に受け入れられるようになっていく。第35回モントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門で審査員特別グランプリを受賞。第36回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞(樹木希林)受賞。(引用:映画.com)

出演は、役所広司、樹木希林、宮﨑あおい、ミムラ、南果歩、キムラ緑子、真野恵里菜。
kanako

kanakoの感想・評価

3.6
駆け込み女と駆け出し男が大好きなので観始めてすぐ同じ監督だなと思った。独特の早口なセリフは江戸時代の方が生きてたなあ。でもだから人やシーンによってはゆっくり喋る
navy

navyの感想・評価

-
特別評価が高い作品ではないが、大変素晴らしかった。

八重役は松竹が希林さん、原田監督が高峰秀子さんか京マチ子さんを希望していた。結果的に松竹に説得され、希林さんへオファーを出した。しかし希林さんからの回答は「出番の多い八重役はいや。チョイ役のおぬい婆ちゃならやってもいい」ということだった。おぬい婆ちゃんの回想シーンはカットすることになっていたため、原田監督とプロデューサーがふたりで希林さんを説得に向かった。そこに現れた希林さんをみてふたりは顔を見合わせた。どう見ても八重さんの扮装なのだ。七面倒な説得を突っぱねるかのような、偏屈スピーディーの変わり身だった。と原田監督談。希林さんファンの私にとってこの選択は非常に良かったし、結果論ではあるが皆さんも希林さんで良かったのではないかと思う。

何度も笑ったし、数回涙した。八重(樹木希林)が、洪作(役所広司)の詩を読むシーン、酒場?に迷い込んだ八重の願いを叶えるためにクールなダンプ男(橋本じゅん)が一肌脱ぐシーン、紀子(菊池亜希子)がハワイへ旅立つ一連のシーン、八重が亡くなり、志賀子(キムラ緑子)夫妻への感謝を述べるシーンなど。

瀬川(三浦貴大)がいい奴だと私が思っていたからなのだろうか。琴子(宮崎あおい)の彼氏になった瀬川を洪作が認めているシーンがとても気に入った。

それと洪作が八重と琴子に再会する沼津の海がとても綺麗だった。縁側のようなところで電話しているシーンも美しい。これが実際の井上邸なのだろうか。素晴らしい屋敷だ。伊豆市や沼津市の全面協力があったそうで、ロケ地も美しい。八重の誕生日パーティーで、ロビーと部屋を勘違いしていた八重と洪作がふたりで会話をするシーンの洪作の姿を感じられる程度の明かりと八重の顔を照らす月光が美しい。

エンディング曲も「これぞ映画!」というような雰囲気で、自宅ながら映画館を感じた。

今からこの作品を地元の家族へ推薦しようと思う。まだ二世帯のおばあちゃんは健在だし、孫となる姉も住んでいる。

小学生の頃に恋をした宮崎あおいさん。幼少の頃は何者か分からず、CMの化け物だと思っていたが、いつの間にか人生で一度お会いしてみたいと願っていた樹木希林さん。そしていつ認識したのかは分からないが、初めから名優だった役所広司さん。勿論上記お三方以外のキャストも本当に素晴らしく、原田監督ご自身も「わが作品ながら、この映画のアンサンブルキャストは本当に見事だと思う」とおっしゃられている。まさに見事。この作品に参加できたら私はさぞ幸せだっただろう。クランクアップ翌日の2011年3月11日の私は当時まだ高校生で東日本大地震を体験していたが。この作品のようないつか自分の好きだと思える作品に携われたらいいな。

最後に自分がこのレビューとは別でまとめていた希林さんについてのはなし。

樹木希林さんがなぜあんなにも自然な演技ができるのか。長年の疑問。当事者に直接話を聞いた訳でもないし、実際お会いしたこともない人間の勝手な考察でしかないけれども、それは芸能人として生きるのではなく、ただ普通の、ごく普通の我々と同じ庶民の生活を実際に過ごしていたからだと思う。それは幼少期の実体験や記憶ではなく、役者として成功してからも続いていたはずだ。というかそうなのである!…恐らく。そして我々庶民よりもより人間らしい生き方をされていたのだと思う。

イグナシオ・フェレーラス監督のアニメーション映画「しわ」を観た彼女が語ったインタビューに、今みんなが、アンチエイジングっていうのをいろいろ頑張っているのを見ても、まぁ私自身、そういうことに興味はあるけど、「なるほどねぇ、それが結果どうなるのかね」っていう、そういうふうな興味なの。だから、白髪になっても、それでよし。老眼になったら、まぁそれもよし。もう全て「あっ、なるほど、こう来たか」という感覚で老いてるんですけれども、「老いに対して抵抗しないという老い方」を、私は自分でやろうとしてるわけなのよ。(『熱風』2013年6月号、スタジオジブリより)と語っていた。ああ、なるほどなと。こんなにも人間らしく生きている人は、世界中を探してもそういないだろうと思った。女優という(希林さんご自身は、女優ではなく役者とよくおっしゃられていたようだが)職業ならば、普通は尚更、老いに抗うものだろうに。内田裕也さんの決め台詞が、「女優の末路はあわれだぞ」だそうで、「お前、女優を見てみろ。華やかなぶんだけ、どういうかたちであっても、「幸せねえ」っていうところにはいかないぞ」とのことだが、希林さんはそうではない人生を過ごされたのではないかと思う。

話が少し脱線したが、浅田美代子談に、何をやっても心があるんですよ。だから、どんなにおかしい芝居をしていても、余韻が残るんです。もともと人を観察するのが好き、というか、ニュースを観ても、バスに乗っても、自然に人をみているのが好きで、それが演技の引き出しになっていた方なんです。そして「人として普通でいなければ、普通の人の役はできない」と、よくおっしゃっていました。人として普通に電車に乗ったり、料理をしたり、そういうことが普通にできないと「カタチだけになってしまって、芝居に嘘が出る」って。とある。まさにそういうことなんだなと。バスに乗っていた老婆が、次に演じる役に適していると感じ、そのまま老婆が暮らす老人ホームまで後をつけたり、台本や原作を読み、衣装をご自分で用意なさったり、小道具もよりご自分が自然だと思うようにつけなおしたりと本当に人生の全てが芝居に直結している気がする。これまた浅田美代子さん談だが、入院中、なんらかの処置をするというので、お医者さんから「席を外してください」と言われて、私が病室から出ようとしたら、希林さんが手を差し出すんです。それで、「ばぁば、はい」と言って、筆談用の紙とペンを渡しました。そうしたら「この子も役者の端くれだから、全部見せるの」って書くんですよ。お医者さんも「はいっ」という感じになって、私は「そんなの、別に見たくないよ!」と思いながら…何になるわけでとないけど、見せるのよ、って。とのことからもそう感じるのだ。

YOUさんが選ぶ一番好きなシーンは「歩いても 歩いても」(08)で、希林さんと台所に立つシーンだそう。そのシーンは自然そのもので、実際の親子のやりとりがそこにあるようにさえ感じる。そんなやりとりの裏には、希林さんが台詞を小気味いいように変えて、ご自分の生活してきた実際の経験のもとに動いている。それが経験できる昔ながらの普通の生活を過ごしてきているからこそ演じれる。全てが芝居に直結していている人生がそこにはあるのだと思う。まとまりませんでした!
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