シモン

パプリカのシモンのレビュー・感想・評価

パプリカ(2006年製作の映画)
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インセプションとかワンピースのドレスローザの人形とか色んな所でオマージュされてるよね。ブレードランナーやエヴァ、ジブリ、ディズニーを逆にオマージュしてるのもグッとくる

平沢進の音楽も最高だった。

▼ネタバレあり

夢見る子供たち

誰もが昔は何かを夢見て、憧れて、純粋な心を剥き出しにしていた。
しかし、皆知らぬ間に「現実」という名の闇に呑まれて本来の自分を抑制することに慣れてしまった。

そこに現れたのがDCミニという装置。人と夢を共有することを可能にし、夢の中に入り現代人の悪夢の原因さえ突き止めて病んだ心を治してしまう。が、その装置が盗まれたことを機に、人々の唯一の解放場所である「夢」そのものが侵略され始める。

パプリカは、千葉敦子の夢の中でのアバターだけれど、純粋で自由な心を持った敦子自身でもある。標本はそのメタファーかな。
つまり、千葉敦子は純粋だった頃の自分を夢の中に隠し続けて生きてきたのだ。敦子だけでなく現代人皆がそうしているように。

「覚醒させて!」という敦子のセリフがあるが、覚醒は「夢からさめる」という意味合いの他に、「迷いからさめる」という意味も持つ。
妖精になったパプリカが植物の根から追われるシーンを見る分には、「夢の中」自体が迷いと捉えられるが、実際には「パプリカでいる私」が、研究者の自分にとっての迷い/葛藤なのではないだろうか。

氷室の家に侵入したシーン
パプリカ「危険よ」
敦子「あなたの出番じゃないの」

時田と閉鎖中の遊園地を訪れたシーン
パプリカ「近くにいるような気がする」
敦子「二人とも黙ってて」

こうして敦子は、いつもパプリカのことを自分を惑わす存在として邪魔者扱いする。

「覚醒」することで、嫌な夢から覚めることはできるが、皮肉的にも、パプリカと敦子の肉体は切り離されて、本来の自分から遠ざかってしまう。
「覚醒させて!」はある意味で、「純粋な自分から逃げさせて!」ということなんだろう。

それでも敦子は自分に嘘をつき続ける。そのせいか、夢の中で小山内にレイプされて人格そのものを弄ばれてしまう。
これは夢を犯されることのメタファーなのかな。

敦子「私の言うことを聞きなさい」
パプリカ「自分も他人もそうやって支配できると思うなんて、どっかのはげおやじそっくりじゃないの」
つまり、支配せずありのままでいることこそが大事ということ。
これは、自分が傷つかないようにと事あるごとに人格を変えてきた大人たちに向けてのメッセージなのだろう。


対照的に、いつも敦子のそばにいる天才研究者の時田は、子供のように無邪気で無鉄砲で、夢を追い続ける。「すてきですよね」と

時田は度々、無責任な人として非難されてしまうが、本当は誰よりも事件の本質を知っているのだ。

純粋さを捨ててはいけないことの大切さを。

この事件はDCミニを開発した時田に非があるのではなく、自分の純粋さを夢の中に吐き捨ててきた人々に非があるのであり、そのような人たちが人の夢を利用しようと凶暴化してしまうのだ。
そしてその原因は、嫉妬(小山内)や謙遜(粉川)、羞恥心(敦子)、支配欲(理事長)があげられる。
反対に、憧れや共有の念(時田)というのは、自分他人ともに尊敬している証なのだ。


最後に、敦子はパプリカと融合することで丸裸(ピュア)になって世界を救う。

そして子供っぽい言葉を使うことにも嫌がらなくなる。
時田「すげー夢を見たよ」
敦子「私も。久し振りにすげーのを見た」

粉川刑事も、若い頃映画監督という夢を諦めて親友を裏切ってしまったという、夢に潜んでいたトラウマを克服したことで、最後は
「夢見る子供たち」という子ども向け映画を見に、堂々と「大人一枚」と言ってチケットを買い、映画館へと入っていく。
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