くりふ

パリ・オペラ座のすべてのくりふのレビュー・感想・評価

パリ・オペラ座のすべて(2009年製作の映画)
3.5
【パリの身体を見つめる】

導入部のリズムが小気味よい!

歴史が刻印された館の外観から、怪人が住まう(笑)地下水路を経て、レッスン只中へ突入するまで、アクション映画なみのテンポで、一気に館内の躍動へと引き込まれます。舞踏にはステディカムの如く滑らかなカメラワークが効きますね。

『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』に続く、ワイズマン監督の愛の視点集。ABTの方を見ているから余計に感じますが、とにかくまずゴージャス!(笑)設備も人も。ただ撮っているだけなのに、本作のために誂えたようです。

そして長い歴史が積んだものが力となり、映画を包むような安定を感じる。中心に描かれるのはやっぱり、ダンサーやスタッフの、個としての姿ですが、パリ・オペラ座という保護者にずっと見守られているような感覚があります。

160分という長尺は、正直ダレます。もう少し詰められなかったのかと。が、オペラ座の当人と、本作の作り手と、両者と無関係の観客とでは、時間の使い方がまるで違い、記録を圧縮すれば当然、不自然にはなりますね。

例えばレッスンの場は戦場でも、映像として「並べる」と単調に見えてしまう。それでもきっと監督は、もっと長く見せたかったのだろうと思います。それは、バレエ愛ゆえの甘さかもしれないし、人によっては体感時間として欠点かもしれないけれど、私は納得しちゃいます。ダレても腹は立ちません。

個々の魅力は色々ありましたが、ABT同様、レッスンバトルが面白い。

私はまず「メディアの夢」、エミリー・コゼットさんの格闘が興味深かった。レッスンの場で既に、四肢の動きが物凄くシャープで見とれるんですが、これは復讐の末、自分の子さえ殺す女の話。指導も深くて療法的です。「今わからなくとも舞台で血塗れになればわかる」なんて、なんかスゴイ(笑)。実際の舞台映像は殆ど出ませんが不満はなく、むしろ生で見たくなりました。

その他例えば、かつての黄金ペア、ラコット夫妻の夫婦漫才指導が可笑しい。「酔ったらだめ」「酔うのがいいの」♪仲良く喧嘩しな!…ダンサーの困惑顔。

あ、フレンチ娘の中、ミテキ・クドーさんの顔はオノ・ヨーコに見えますね。

カメラが傍観者に徹しているので全般に自然ですが、芸術監督とダンサーが、ある対話の場で意識したのか、劇映画みたいな妙な効果が出ている所があり、ジャームッシュ映画に昔こんなシーンあったな…と楽しくなりました。

あと、屋上の蜜蜂!飼育してるんですね。これは面白かった。懐深いよなあ。

古典とコンテンポラリーを扱う割合は、撮影時には半々だったようです。私は、身体表現そのものの面白さが好きなので、どちらも興味深いですね。

舞台の色調が明確なのも面白い。茶や臙脂、緋色がクラシックの基調で、コンテンポラリーは青中心。特に照明。そうなったのはどんな原因だろう?

シリアスな所では、「コンテンポラリーのクラスに若い子が出席しない」と、芸術監督が危惧していたのが気になりました。古典の方が安心なのかな?本作をみる限り、コンテンポラリーの可能性は大きいと思うんですけどね。

この辺、同じ頃のマリインスキー劇場を追った『Ballerina』での、「バレエの未来は振付家の創造性にかかっている」というディアナ・ヴィシニョーワさんの発言と比べてみると、興味深いです。

スポンサーの名にリ-マン・ブラザーズが出てくる所、無常を感じます(笑)。

ダンサーは40歳定年だそうで、団内の新陳代謝はそれなりに大きいのかな。(当時)今年、5月に来日しますね。本作に出演しているメンバーも登場するので、しっかり見てこようと思います。折角の機会、潰されぬよう気をつけなきゃ。

とにかく、歴史と、人物と、情報量がハンパない作品です。細かく見ていけばたくさん、面白さが見つかるとは思いますが、やっぱり、観客の視点次第で大きく、評価は変わってくるのでしょうね。

<2013.1.4記>
くりふ

くりふ