眠れないよ

音のない世界での眠れないよのレビュー・感想・評価

音のない世界で(1992年製作の映画)
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触れる、という行為をいつも恐れてしまう。他者との物理的な距離を常に測っていて、アルコールを身体に入れて世の中と自分との距離が曖昧になった時だけ、たとえばハイタッチをして別れの挨拶ができたりする。

彼らは肌に息を吹きかけることで、互いの音声を理解し合う。その物理的な距離の近さに親密さをおぼえる。僕が測りかねる他者との距離を、平気で飛び越えてゆくその姿を羨ましく思う。どうしようもなく誰かの肌に触れたくなった。それは性的な意味合いでは決してなくて、親密さのための抱擁を交わしたくなったのだった。ついこの間、友人から結婚報告を受けた。彼に今度会ったとき、力強い抱擁を送ろうと思う。自分が渡せる最大の親密さを伝えたい。


自分の子どもがろう者であってほしい、その方が気持ちが通じるから。という男の発言に言葉を失ってしまった。なんて自分本位なのだろう、他者と通じ合うために手話を手に入れたはずなのに、どうして通じ合うことを諦められるのだろう。けれどその境界線を引いているのは他ならぬ僕たちなのだろう。だから言葉に頼らないところで、ハイタッチや抱擁を交わして、ゼロの距離まで近づけたらといつも思う。

35mmフィルムの映像と、食器や街の喧騒の音がとても生々しかった。それらの生き生きとした音が彼らと僕との距離を遠ざけているような気がして、少し寂しかった。

カメラやマイクに触れて、こちら側との境界を飛び越えた少年の姿はずっと覚えていると思う。
眠れないよ

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