このレビューはネタバレを含みます
【盛者必衰の理を表す】
原作小説が1937年(S12)に出版されていますので、本作の時代設定もその頃でしょうか。主人公の女性リネットさんは若さと美貌を兼ね備えた大富豪の完璧超人です。自分の考えをズバズバ述べる強い自我の持ち主です。そんな彼女の唯一の欠点は、男を見抜く目がないこと。友人の恋人であるサイモン君に一目惚れ、横取りして自分の夫にしちゃいます。欲しいと思ったものは力尽くでも手に入れる、そんな女性でしょうか。
リネット&サイモン夫妻はエジプトへウキウキ新婚旅行に出かけます。そして乗り込んだナイル川クルージングの豪華客船で事件が起こります。
晩飯を食うのにわざわざタキシードに着替える紳士たち。イブニングドレスに着飾った若き貴婦人たち。エジプトの遺跡巡りと欧米上流社会のセレブ生活を覗き見ることが、本作を観る楽しみの一つでもあります。それにしても、彼らはどんなでかいスーツケースで旅行してるんでしょうか。
閉ざされた豪華客船に曲者共が乗り合わせます。しかもなぜか全員、リネット殺害の動機を持っている人たちです。元親友の女性が自分を捨てたサイモンに向けて発砲し、事件の幕が開きます。この騒動のドサクサに紛れて、何者かがリネットを射殺します。
元親友:リネットに恋人を寝取られた
女老富豪:ジュエリーに目がなくリネットの真珠のネックレスを奪いたい
看護師:リネットの父に実家を没落させられた
メイド:年上の男と結婚したいのに、持参金もくれないし、仕事もやめさせてくれない
弁護士:管財人としての不正がばれる
医師:インチキ治療と言われ自分の診療所が傾きそう
作家:作品を侮辱され名誉毀損で訴えられた
社会主義者:ブルジョアは死んでよし!
船の中は、リネットを頂点とする完全な階級社会であり、英国富裕層の縮図です。しかもこの船にはたまたま名探偵ポワロが乗り合わせています。作家や探偵は「成り上がり者」として下に見られます。こんな環境下で完全犯罪は成功するのか?もちろんうまくいきっこありません。
・犯人は犯行に使った拳銃をナイル川に投げ捨てますが、なんと救い網に引っかかって回収!船は進んでいるはずなのに…。
・ポアロさんは耳が良すぎて乗客たちの会話はすべて筒抜け!
・あんな狭い船の中で犯人は走り回って殺し回ってそりゃ、見られるわ!
・「完全なアリバイ」を目論んだのに、目撃者がおり、しかも金を強請られます。
・一見よくできた計画のように見えますが、よく見ると偶然任せのずさんな計画!
・「脚を撃たれた」者を放置して一人にすることはしないはず!
本作は、上流社会の住民たちの一見華やかな見せかけの底に蠢く生臭い欲望を剥き出しにし、恐ろしいのは人間の嫉妬と欲望であることを教えてくれます。「持たぬ者」の男女が共謀して「持つ者」を殺し財産を奪うという事件の計画には、持たぬ者の悲哀を感じます。大英帝国繁栄の象徴というべきリネットは頭を撃ち抜かれました。また、大英帝国はこの後の第二次世界大戦でさらに没落していくことをわれわれは知っています。盛者必衰というか無常というか。ポワロも結局5人の死を未然に防ぐことは出来ませんでした。
社会主義者の若い男、ジェームズ・ファーガスン。原作者はこのキャラクターに何を託したのでしょうか。ブルジョアジーの船旅に参加するくらいですから金は持っているのでしょうが、全く場違いで一人浮いています。金持ちたちの欺瞞を暴くわけでもありません。最終的に美しい恋人をゲットしにこやかに船を下りていきます。唯一俗物ではない登場人物ですが、何らかの政治的意図があったのでしょうか。