アルフレッド・ヒッチコック監督のファンですが、イギリス時代の作品はほとんど観たことがなく、大学生のときに唯一この作品がレンタルビデオにあったので、30年以上前に観たっきりでした。あまり印象深い作品ではありませんでしたが、列車の窓ガラスに指でなぞった“FROY”の文字(前半の重要な伏線)は、この当時にうまく映像化されているなと感心したことを憶えています。
主な舞台となる走行中の列車という密室はミステリーの定番で、忽然と姿がみえなくなった女性をめぐる展開は、なかなか面白いです。
ヒッチコック監督の作品としてはめずらしく政治的なテーマで終盤に長尺の銃撃戦があります。序盤のホテルでの登場人物の紹介も含めて、列車でもわちゃわちゃした雰囲気が支配しているので、ミステリーに焦点をあわせた展開を期待すると、“ちょっと違う”という印象でした。
ヒッチコック監督の作風は、スパイをテーマにした物語と親和性がありそうですが、キャリア後期の「引き裂かれたカーテン」や「トパーズ」のように、それを直接的に表現したものにあまり興味がありません。「汚名」「知りすぎていた男」「北北西に進路を取れ」では、登場人物の人間関係をメインとした物語の背景に諜報活動などがあったりしますが、そういう設定でこそミステリーの要素が際立つと思います。
第二次世界大戦の前夜という現実的で微妙なタイミングの作品としては興味深いところですが、さまざまな要素を限定的な時間と空間に設定するあまり、当時の演出や撮影技術では物語そのものを表現しきれていない印象です。
欧州の異国で本国のことを心配している2人のイギリス人は、てっきり“戦争に突入するのか?”という関心なのかと思っていると、それはクリケットの試合のことだったり…、ちょっとした風刺らしい表現も含めて、登場人物のキャラクターやセリフが表面的でわかりにくい(途中まで誰が主人公なのかわからない)ところもあります。当時から世間的には評価されている作品ですが、久しぶりに観ても個人的な感覚にマッチしなかったのが残念です。